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習志野バプテスト教会の週報

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◆ ロマ書の学び(325)

▽ み言葉に生きる


  〝愛を負(お)うのほか何をも人に負うな。人を愛する者は、律法(おきて)を全(まっと)うするなり〟    ロマ書一三章八節
  F・B・マイヤー博士の家族は、非常に裕福な生活をしていたのに、不況のため突然ドーンと最低の生活水準にまで落ちてしまった。

  家や家財道具を売り払い、子供達の銀のスプーンやフォークまで売り払わなければ借金を返せなかったという。それらを売ったお金をもってマイヤー博士の父親は一軒一軒をたずねまわって歩いた。そして自分が借金をしていたその借金を全部返していったのである。

  経済的な苦しみの中にあって、マイヤー博士の父親は「私はクリスチャンとして正しいことをしていきたい。〝愛のほか何をも人に負うな。〟ということを実践していきたい。」と言ってそれを子供達にも教えた。

  貧しい段階から、少しずつ裕福になっていく、これは何も問題がない。ところが、裕福で何の不自由もなく豪華(ごうか)な邸宅(ていたく)に住んでいた者が、みすぼらしい所に閉(と)じこめられるということはどんなにつらいことか想像に難(かた)くない。

  経済的な苦しみ、しかもなお「クリスチャン」として、すべての借金を返していくという辛(つら)い経験の中にあってマイヤー一家は、本当に神様から、信仰の試しを受けたのである。その苦しみの中にあって少年マイヤーは貧しさに耐(た)え、また神様を信頼するということを学び、強いキャラクター(人格)を形成していったのである。後(のち)に有名な牧会者(ぼっかいしゃ)となり、各地から招きを受けた時にはマイヤー博士はお礼をもらうと「これは私にはあまりに過分(かぶん)なお礼です。」と言ってお返ししたと言われている。

  そのようにして、マイヤー博士は自分が何不自由なく生活できるようになってからも、貧しい教会にはいつもその謝礼を置いてくるという形で、自分が少年の時の苦しみを忘れなかった。

  六三年間牧会しながら、スポルジョンと、キャンベル・モルガンという同世代の伝道者の間に入りながらマイヤー博士はたくさんの著書を書いた。このマイヤー博士は八〇冊の聖書に関する本、そして五〇種類以上のパンフレットを書いたと言われている。今、日本にたくさんの本が翻訳されている。マイヤー博士の若い頃の辛(つら)い経験が、彼の人生を豊かにする肥(こ)やしになっていたと思う。

  ある方は今、経済的に苦しい状況にあるかも知れない。「本当ならもっと豊かな生活ができるのに、うちのお父さん、だらしないから。」と思わないでほしい。(続)

 
◎ 暗誦聖句 ヨハネ伝一九章五節「 」内 
〝視(み)よ、この人なり 〟

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◆ ロマ書の学び(324)

▽ み言葉に生きる


  「愛」は数字で換算(かんさん)できないものである。あなたが父親あるいは母親から受けた愛情は、お金やはかりで測(はか)ることはできない。「私は大学に行くまで、親に二〇年間世話になった。だから仕事をして親が年をとったら、きっちり二〇年間分介護をすればその責任は終る。あとは面倒をみません。二一年目からはお父さんもお母さんも、自分達でやってください」。そんなことはありえない。子供が親の面倒をみたとしても、たとえどんなに自分たちが努力をしても、親が子供の面倒をみるほどの愛情を注ぐことはできないであろう。

  ご両親が、あなたが大きくなるまでにどれほどあなたに対して愛情を注(そそ)いできたかを考えてもらいたい。どんなに苦労を重(かさ)ね愛情を注(つ)ぎ込んできたかを。それは親の勝手だ、と言う人がいるかもしれないが、それはまちがいである。愛情はお金で換算することができないほど尊いものである。親は本当にとことん自分を犠牲にしてでも子供に生命(いのち)を注(つ)ぎ込むのである。

  〝霊魂(たましい)をあがなうには費(ついえ)いと多くしてこの事(こと)をとこしえに捨置(すておか)ざるを得(え)ざればなり。〟  
詩篇四九篇九節

  生命(いのち)は、お金でその代価を払うことができない、と書かれている。生命を贖(あがな)うには価(あたい)が多すぎる。生命の価値、値段は高すぎて神様にそれをお返しすることはできません、という意味である。

  借金(しゃっきん)であれば計算ができるし、利息(りそく)をつけて借金のいくらかをお返しします、ということもできよう。しかし、愛というものは計算ではお返しできないものだとパウロはここで言っているのである。

  〝汝等(なんじら)たがいに愛を負(お)うのほか何をも人に負うな。人を愛する者は、律法(おきて)を全(まっと)うするなり。…愛は隣(となり)を害(そこな)わず、この故(ゆえ)に愛は律法の完全(まったき)なり。〟
   ロマ書一三章八、一〇節

  F・B・マイヤー師の註解書(ちゅうかいしょ)は日本語にも数多く訳されている。このマイヤー博士は、バプテストの伝道者として長い間イギリスで伝道していた。今から一六三年前の一八四七年にイギリスのロンドンで誕生した。七歳でイエス様を信じ救われて、一六歳の時に神様から召(め)しをいただいて伝道者になる道を歩いた。

  彼の父親は手広く事業を営んで商売をしていた。マイヤー家では子供達も食器は銀のスプーン、フォークを使っていたという。私たちから考えるとうらやましく思う点もある。ところがマイヤー博士が幼い時に、経済的不況が襲ってきて父親の仕事がうまくいかなくなってしまった。
  (続)

 

 
◎ 暗誦聖句 マタイ伝二六章一二節
〝 この女の我(わ)が體(からだ)に香油(においあぶら)を注(そそ)ぎしは、わが葬(ほうむ)りの備(そなえ)をなせるなり。〟

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◆ ロマ書の学び(323)

▽ み言葉に生きる


  〝汝等(なんじら)たがいに愛を負(お)うのほか何をも人に負うな〟
       ロマ書一三章八節

  たとえば、牧師が引退後のついの住みかとして妻がのんびり暮らせるように三億円のマンション一室を買ったとする。「東京の赤坂に良い出物(でもの)があったから。」と言ったとしたらどう思われるだろうか。きっと多くの方が「牧師、ちょっとおかしいんではないですか。」と言うと思う。教会は、毎月どれくらい謝儀を牧師に渡しているか、わかるからである。その牧師の収入から考えて、三億円のマンションを買う、しかも引退して仕事がなくなり収入も減るのに、牧師夫人一人のために高級なマンションを買うことは常識外である。

  けれども、牧師夫妻の老後のために仮(かり)に二部屋ないし三部屋の中古マンションを一〇〇〇万円ぐらいで探すのはどうであろうか。何億円にならない一〇〇〇万円単位で買うことはそれほど突拍子(とっぴょうし)もないことではない。二〇〇〇万円以内で買うことができるということであれば、何とか牧師夫人が知恵を働かせて蓄(たくわ)えておこうかなと考えて、また教会が+(プラス)α(アルファ)をしてお世話できれば具体的な可能性がないわけではない。その教会なり、本人なりの収入と自分たちの責任を負うことができる範囲が常識の範囲内にあるからである。

  使徒パウロは、愛のほか何をも人に負うなと言った。

  お金というものは、仮に一〇〇万円借りたならば、一〇〇万円にお礼をプラスして、お返しすればよい。あくまでも計算上であるから、数字であらわす事ができる。

  けれども、「愛」というものは目方(めかた)で量(はか)ることができない。あるいは、金額でそれを換算することができない。

  仮に子供が病気の時に、一週間寝ずの看病をしたとする。子供が治(なお)った時に母親が一週間寝ずの看病をしましたから一日一万円として一週間分を請求したとする。しかし、あなたが愛情をこめて看病したことは決して一万円では返せない。というのは一万円もらったからといって、一週間全く寝ないで看病できるかというと、これは健康的に、不可能だからである。でも子供が死ぬか生きるかという病気になると、親は三日でも四日でも徹夜をする。そして、自分の体を割(さ)いても切っても子供の延命を祈るのである。

  これはもうお金では換算できない、母親や父親の愛情であるからである。

 
◎ 暗誦聖句 コリント前書三章六節
〝我(われ)は植(う)え、アポロは水灌(そそ)げり、されど育てたるは神なり。〟

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◆ ロマ書の学び(322)

▽ み言葉に生きる


  〝汝等(なんじら)たがいに愛を負(お)うのほか何をも人に負うな。〟                 ロマ書一三章八節

  自分たちの収入に見合った支出をする。必要以上に大きな出費(しゅっぴ)をすることは避ける。そして、少なくとも月収の六ヶ月分は万が一の場合に備(そな)えておくように、とクリスチャンの経済学者は提唱(ていしょう)している。

  社会経済には疎(うと)いので、現在の日本人の平均月収(へいきんげっしゅう)がどれくらいかわからないが、二〇数万円から四〇万円位(二〇〇一年)であろうか。(参考までに、フィリピンは、一般的に一万五千円から二万円前後らしい。)アルバイトは時給六八〇円~七五〇円であろうか。深夜勤務(しんやきんむ)なら九〇〇円の募集(ぼしゅう)があちらこちらに出ている。飲食店では、パート募集九〇〇円~一〇〇〇円うんぬん。

  時給一〇〇〇円として、一日八時間で、八〇〇〇円。月に、二五日分をかけても、そんなに高くはならない。だからフリーターの人などは、あまり収入がないと思われる。良いようにみえても、フリーターという形態は生活するには非常に不安があると思う。やはり皆さんにはきちんと定職を持つことをお勧(すす)めしたい。フリーターや契約社員では突然「明日から来なくてよろしい。」と言われることもあろう。また契約(けいやく)社員や派遣(はけん)社員は労働組合で組合員として抗議をすることもできない。

  クリスチャンは万一に備えて半年分は、貯金をしておかなければいけない。いざというときの必要に備えておく。また、いつ自分が仕事を失うことがあっても、家族が不安になることがないように備えをしておく必要がある。これはたいへん具体的で、皆さんの生活設計において考えておかなければいけないことである。

  フリーモン博士は次のようにすすめている。

  「クリスチャンは後に価値が上がる物を買う以外では、何かを買うためにお金を借りるべきではない。車、ボート、トレイラー、あるいはステレオなどは使えば価値が下がっていく物であるから、現金で支払うべきものである。(中略)

  利便性のため、また、お金の流れが記録に残るからという理由でクレジット・カードで買い物をするならば、それは役にたつであろう。しかし、小さな買い物や食料品の買い物をカードで買うのは賢い方法ではない。

  平均的にカードで買い物をする人たちは、支払いが出来ず、未払い金額のために生活費の一八%も支払額が増えている。分割払いまたはローンで買うと一八~四八%もの利息をとられることがある。七二を利率で割ると、元本(今買うものの金額)が利息でふくらみ何年で倍になるのかが分かる。」
(『家族愛をはぐくむ処方箋』一七六~一七七頁) 

  パウロは自分が払(はら)いきれないような多額の借金(しゃっきん)をしてはいけないと教えている。(続く)

 
◎ 暗誦聖句 ネヘミヤ記八章一〇節後半
〝汝(なんじ)ら憂(うれ)うることをせざれ。
 エホバを喜ぶ事(こと)は汝らの力なるぞかしと。〟

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