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習志野バプテスト教会の週報

◆ ロマ書の学び(333)

▽ み言葉に生きる


  〝或人(あるひと)は此(こ)の日を彼(か)の日に勝(まさ)ると思い、或人(あるひと)は凡(すべ)ての日 を等(ひと)しとおもう。各人(おのおの)おのが心の中(うち)に確(かた)く定(さだ)むべし〟
    ロマ書一四章五節

   パウロがロマ書を書いた時代、ある特定の日をたいへん重んじた人々がいた。特にユダヤ教から改宗したクリスチャン達は「安息日(あんそくにち)」や「贖罪の日」「刈り入れの日」等いろいろなユダヤ教の大切な節目(ふしめ)の日を大切な日と考えた。一方、異邦人のクリスチャン達は「私たちは毎日、神様を礼拝しているのだから、特別な日だけを重要に考えるのではない。」と考えた。それが前述の〝或人(あるひと)は此(こ)の日を彼(か)の日に勝(まさ)ると思い…〟という部分である。

   どちらかというと、日本人はユダヤ教徒と似ているところがあるようだ。ユダヤ人が暦(こよみ)の一日一日を数えながら日を重んじたように、日本でも暦は生活に影響を与えている。クリスチャンはあまり考えないが、大安吉日(たいあんきちじつ)や友引(ともびき)がそれである。たとえば結婚式にホテルを借りようとすると、大安はいっぱいで借りることが難しい。

   最近、あえて友引や皆が嫌がる日を選ぶこともあるようだが、友引は結婚式には良いようだが葬儀にはだめだという。他の人、友を引いてしまうから友引には葬儀をしない。火葬場に問い合わせると八日目に一回、必ず休みの日がある。仏式、あるいは古いしきたりの中で、仏滅とかいろいろな日があるが、友引は火葬場自体が完全に休みになる。

  妊婦は五ヶ月目から「腹帯(はらおび)」を巻くが、「腹帯は戌(いぬ)の日に巻きなさいよ。」と言われる。なぜかというと、戌=犬はあっという間にぽっぽっと子供を産むから安産(あんざん)だ、だから戌の日に腹帯をすると安産になる、と言うのである。これは、民間の説で正否の判断は難しいが、戌の日に腹帯をすることで安産にあやかるということを言っているのだと思う。これらは一般の日本人が特別な日に関心を持っていることの一例といえよう。クリスチャンの場合には、大吉、凶などとは全く関係なしに結婚式をするが、多くの日本人は、そういうしきたりを重んじる傾向が強いと思う。

  〝兄弟の前に妨碍(さまたげ)または躓物(つまずき)を置かぬように心を決(さだ) めよ。…汝らの善(よ)きことの譏(そし)られぬようにせよ。〟
    ロマ書一四章一三節

  実は、こういうことがローマにいたユダヤ教から改宗したクリスチャンと、異邦人だったクリスチャンとの争いの種となったのである。

 

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◆ ロマ書の学び(332)

▽ み言葉に生きる


  〝偶像の供物(そなえもの)はあるものと言うか。また偶像はあるも のと言うか。〟     コリント前書一〇章一九節 〝すべて市場(いちば)にて売る物は良心のために何をも問(と)わずし て食(しょく)せよ。そは地と之(これ)に満(み)つる物とは主の物なれば なり。〟 
    コリント前書一〇章二五~二六節

  パウロが肉を食べることに言及(げんきゅう)していたのには、当時のコリントの特別な事情が関係していた。偶像崇拝が盛んなアテネやコリントでは、人々が神殿で神話の世界の神々に対して動物の肉をささげた。動物を犠牲(いけにえ)としてささげた者の多くは金持ちであった。

  一方、コリントの教会に集まっていた人々はあまり裕福ではなく、どちらかというと社会的にも経済的にも下層階級が多かった。そして、このささげられた後の肉をどう考えるかが争点であった。一度いけにえとして祭壇にささげられた肉は市場にまわされ、お下(さ)がりの肉だから安くで売られていた。祭壇にささげる前の肉はたいへん高かったが、一度役目を果たした肉は、うんと安い値段で市場に流された。

  そのため、貧しいコリントのクリスチャン達はそれを買って食べていた。それを知った一部のクリスチャンたちが「彼らは偶像にささげた肉を食べているじゃないか。彼らは間違っている。」と批判した。ある人達は肉を食べてはいけないと考え、またある人達、信仰の強い人たちは「いや、肉を食べても平気だ。」と考えて論争がおきた。そうした姿が使徒パウロにこのテーマをあたえたのであろう。

  〝なんじら信仰の弱き者を容(い)れよ。その思うところを詰(なじ) るな。在人(あるひと)は凡(すべ)ての物を食(くら)うを可(よ)しと信じ、弱き 人はただ野菜を食(くら)う。食(くら)う者は食(くら)わぬ者を蔑(なみ)すべ からず、食(くら)わぬ者は食(くら)う者を審(さば)くべからず。神は彼 を容(い)れ給(たま)えばなり。なんじ如何(いか)なる者なれば、他人 の僕(しもべ)を審くか。〟 
    ロマ書一四章一~四節

   パウロはコリント前書一〇章で「もともと偶像は実在しないものである。実在しないものにささげた肉が、市場で安く売られているのだから、食べても問題はない。すべて地とそれに満ちているものは、主のものだから、どれでも食べてよい。ただ、他人の良心のつまずきとならないように、そして互いの徳を高めるように心がけなさい。」と書き、市場で売っている肉を食べる者を審(さば)いてはならない、かえって私たちの言動すべてが神様のご栄光をあらわせるようにと教えたのである。

  〝さらば食(くら)うにも飲むにも何事(なにごと)をなすにも、凡(すべ)て神の栄光を顕(あらわ)すようにせよ。〟
   コリント前書一〇章三一節 (続)

 

 
◎ 暗誦聖句 使徒行伝四章三二節

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◆ ロマ書の学び(331)

▽ み言葉に生きる


 

  〝兄弟の前に妨碍(さまたげ)または躓物(つまずき)を置かぬように心を決(さだ) めよ。…汝らの善(よ)きことの譏(そし)られぬようにせよ。〟                ロマ書一四章一三節

  私たちは野菜だけでなく、鶏肉や他の動物の肉類も食べることによって良性たんぱく質を摂取(せっしゅ)し、健康を維持し、エネルギーを得ることができる。

  十四、五年前、冨岡先生の招きでバングラデシュに夫婦で伝道旅行に行った時のことである。病院で勤(つと)めている役員の方から夕食に招待された。野菜あり、鶏肉がモコモコッと二つぐらいかたまって出たりと、ごちそうが並んでいた。ご主人も同席されていたので「今日はお休みですか。」とたずねた。

  すると「いいえ。皆、仕事をしています。今日、私は特別にお休みを取りました。私たちは普段、肉を食べることができません。貧しいために鶏肉を買うことができないのです。今日、私は先生達をもてなすために、遠くまで自転車で肉を買いに行ったのです。」と言うのだ。

  それを聞いて、二人共、食事があまり入らなくなってしまった。私たちをもてなすために、ほんの一塊(ひとかたま)りの鶏肉を買うためにわざわざ仕事を一日休んで接待して下さった。これこそクリスチャンの兄弟愛だ、と感激したのである。と同時に、日本人はなんて贅沢(ぜいたく)なのだろう、と考えさせられてしまった。

  日本なら、どこにいてもちょっとお金を出せば鶏肉であれ豚肉、馬肉、猪(いのしし)、鯨(くじら)の肉でさえ買うことができる。ぜいたくな国である。本当に感極(かんきわ)まった状態で私たちはチキンを味わったが全部は食べなかった。というのも、隣の部屋で「お客さんが全部食べないで欲しいな。」と思って子供達がチラチラと見ていたのである。だから全部を食べずに残したのであった。

  肉を食べると力がわいてくるし、エネルギーを蓄えられる。しかし、いざ肉を購入するとなると値段が高く、聖書が書かれた時代、特に貧しい人々にとっては簡単に購入することはできないものであった。

  旧約時代からイスラエルの民は犠牲(いけにえ)として動物の肉をささげていた。サムエル前書二章一二~一七節には、祭司エリの二人のよこしまな息子達のことが記されている。彼らは主を知らず、主へのささげ物を侮(あなど)り、神様にささげられた肉の一番良い部分を切り取って横取りし焼いて食べていた。神様が何度も警告なさったが、彼らは悔改めなかったため罰を受け苦しみの中に死んでいった。
     ( 続 く )

 
◎ 暗誦聖句 コリント前書一五章五八節前半
〝然(さ)れば我(わ)が愛する兄弟よ、確(かた)くして揺(うご)くことなく、 常(つね)に励(はげ)みて主の事(わざ)を務(つと)めよ。〟

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◆ ロマ書の学び(330)

▽ み言葉に生きる


 

  〝兄弟の前に妨碍(さまたげ)または躓物(つまずき)を置かぬように心を決(さだ) めよ。…汝らの善(よ)きことの譏(そし)られぬようにせよ。〟               

   ロマ書一四章一三節 使徒パウロがローマにいたクリスチャン達にこの書簡を送った当時、実はコリントの教会でも「肉を食べて良いかどうか」という問題がたいへん大きな論争になっていた。一つには、偶像に捧げた肉をどうとらえるかという点があったと、パウロはコリント前書で書いている。

  ギリシャには、神話の世界から様々な偶像、ゼウスやバッカスなど神話の世界から神々がまつられていた。私もアテネを旅した時に、数え切れないほどの偶像があるのを見て、パウロが胸を焦(こ)がして怒(いか)り心頭(しんとう)に発(はっ)した気持がよくわかった。

  そこは、まさに神話の世界であり、真(まこと)の神様に対する大きな反逆があちらこちらで見られた場所であった。今から二〇〇〇年ほど前のロマ書が書かれた当時、ギリシャやローマの地域では、人々が肉を食べることがたいへん盛んであった。

  日本人はどちらかというと菜食主義、肉を食べるよりも野菜や果物を食べる民族で、肉を食べる国の方々には申し訳ないが、以前は性質が穏やかだと言われていた。

  五〇年近く前、アメリカから日本の古い移民船で帰国した際に、日本の大きな博物館の館員と同船した。彼は「アメリカ人は肉を食べるから血気盛(けっきさか)んで、日本人が穏やかなのは野菜を食べるからだ。」と滔滔(とうとう)とまくしたてていた。確かに、野菜を食べずに肉ばかり食べていると、血液はサラサラではなくドロドロになってくる。だからケガをしてもシャーッとではなく、ドロリと出血してくる。

  創世記を見てもわかるように、もともと神様は、人間が地にあるすべてのものを支配し管理するように、またこれらを食物として摂取してよいとおっしゃられた。

  しかし、長い年月がたって後、イスラエルの民は移住先のエジプトで奴隷として苦役を強(し)いられることとなった。神様の介入により、ようやく自由の身となりエジプトを出てカナンの国をめざして荒野を旅する生活を始めた。荒野では当然、今のように洗剤もないし、砂漠の中だから水もない。洗うことさえままならない状態であった。そこで神様は衛生の面からも、健康上の理由からもレビ記を通し「汚れたもの」と「きよいもの」をお示しになられたのだろう。

  世界には、現在でも宗教上の理由で牛を食べてはいけないインドや豚を食べてはいけない国々がある。(続)

 

 
◎ 暗誦聖句 ヘブル書九章二二節前半
〝おほよそ律法(おきて)によれば、萬(よろづ)のもの血をもて潔(きよ)めら る。〟

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◆ ロマ書の学び(329)

▽ み言葉に生きる


  〝兄弟の前に妨碍(さまたげ)または躓物(つまずき)を置かぬように心を決(さだ) めよ。…汝らの善(よ)きことの譏(そし)られぬようにせよ。〟 
 ロマ書(しょ)一四章一三節

  イエス様が十字架にかかられ復活(ふっかつ)された後、新しい契約(けいやく)の時代がやってきた。旧約から新約の時代への幕開けである。使徒行伝(しとぎょうでん)一一章には、ペテロが祈っていて夢心地(ゆめごこち)になり、天から大きな布のようなもので四(よ)すみをまとめた物が降りてきた幻(まぼろし)の記事が書かれている。

  神様が「カゴの中の物を食べよ。」とおっしゃったが、ペテロは「汚(けが)れた物を食べることはできません。」と申し上げた。すると神様は「私がきよめた物を汚れた物と言ってはいけない。」とおっしゃった。

  これは実は、ユダヤ人以外の世界中の人々に福音を伝えるという大きなヴィジョンのあらわれであったわけである。(使徒行伝一〇章九~一六節)古い契約、つまり旧約時代には、私たちが考えることができないような衛生的(えいせいてき)な問題があった。

  北海道の人は、豚(ぶた)や牛よりも羊(ひつじ)の肉を好(この)む傾向(けいこう)がある。私がはじめて北海道で羊(マトン)料理をいただいた時、血がにじむ物はあまり好きではなかったため、生(なま)焼(や)けだからと躊躇(ちゅうちょ)していると「先生、羊の肉は大丈夫です。豚と違って、ばい菌がないから食べられます。」と言われた。聖書を見ても、羊の肉は雑菌が少ないようである。

  日本人が牛肉を食べるようになってまだ歴史が浅いとか。「牛肉を食べると牛のようになる。」と言ってたいへん恐(こわ)がられた時代があった。文明開化と言われる時代になって、ようやく牛肉を食べ始めたと言われている。

  信仰は、毎日の生活の中に起こってくる出来事で意外とつまづきやすいものである。また「あんなことをした。」と言っては他の人たちを裁(さば)くということも起こってくる。仮(かり)に、牧師あるいは宣教師が酒屋に入ってウイスキーやビールを買っているのを見たら「あの教会の先生は、ちょっとおかしいんじゃないか。」と、つまづきの原因ともなろう。

  洋食の店に行くと、ステーキを焼く時などに、ワインをかけてボッと燃やしてアルコール分を飛ばして肉を軟(やわ)らかくする手法(しゅほう)を用(もち)いたりする。ある人は、どんな形でもアルコールを使用することは罪であると考える。一方、別の人たちはアルコール分を飛ばしてしまうから問題ないと考える。

  使徒パウロは、ロマ書だけでなくコリント人への手紙の中でも食べ物についてたいへん細(こま)かく教えを書いている。特にクリスチャンの間で肉を食べることについての論争(ろんそう)があったことがわかる。これは、ローマやコリントがおかれていた特別な状況と関(かか)わりがあった。           
 ( 続 く )

 
◎ 暗誦聖句 マタイ伝二八章一九節

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