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習志野バプテスト教会の週報

◆あなたの魂にある騒音に気付こう(4)

   ▽「悪を行なう者に
     対して
     腹を立てるな。
     悪者に対してねた
     みを起こすな。」
    (箴言二四・一九)
   


  "God is more than enough"(神様は私にとって十分以上のお方)ジム・バーグ博士著からの翻訳    

◇あなたの魂には、怒りや不満の騒音がないか。    

 怒りは一般的に不満、傷つけられること、又は恐れによって燃え上がる。自分の思考を確認してみよう。「あんなことが再び起こるなんて信じられない。すでに問題は解決したはずなのに。なぜ又。そんなこと位、しっかりと解決してほしいと思うのは求めすぎなの」というような心が激しくかき乱された、不満で一杯の思考はないだろうか。誰かの言葉あるいは行動が私たちを傷つける時、あるいは私たちが容易に傷つけられる立場に置かれる時に、怒りの思考はわきあがってくる。    

◇あなたの魂には、苦い思いや僧しみの騒音はないか。    

 「私はこの仕事のために(結婚のために)人生のすべてを注いできたのに、こんなひどい仕打ちをうけるなんて。不公平だ」というように不法、不当、不公平な扱いに対する思考である。時々、侮辱あるいは復讐(ふくしゅう)に関する思考の場合もある。「そんなことは二度とさせるものか。必ず復讐してやる。そんなことをして上手く逃げられる者はいない」の様に。    

◇あなたの魂には、色欲や貪欲の騒音がないか。    

 あなたの心は、不道徳な快楽や経験に関する思考で満ちてないか。このようなことに心を用いてはいけないと分かっていながら自分を甘やかし、欲望のままに動いてしまうことはないか。欲望にまかせて快楽のために計画をたてる時、そして、どのようにその悪を隠そうかと考える時、あなたの魂に騒音が鳴り響く。    

 あなたの心は強欲な思考で満ちていないか。この世が提供する全ての物を見つめ、流行(はやり)の洋服、時計、他の小物、車、家など手に入れるまでは頭から離れないということはないか。あるいは幸せになるために、あれがなくてはということはないか。欲しい物とその広告を見るため多くの時間を使い、他の人と比較してばかりいると、より欲求不満になり、あなたの魂は大きな騒音に囲まれてしまう。    

◇あなたの魂には、罪悪感や恥辱(ちじょく)の騒音がないか。    

 これまでに見てきた思考を実際の行動に移す時、あなたの魂には罪悪感と恥辱の思考が起こる。そのような思考をあなたが持つことを神様はお望みではない。これらの思考に正しく対処することが出来るように神様は私たちに驚くべき備えをお持ちである。私たちが罪を犯すと、罪の意識で良心が痛む。神様がそうなさっているのだ。事実、罪悪感による良心の痛みは最も騒がしい音である。なぜなら神様との交わりを失うかもしれないという大変危険な状態であるからだ。これは罪深さ、良心の呵責(かしゃく)、恥ずかしさという騒音である。(続く)  

   

  ◎ 暗誦聖句  イザヤ書四一章一〇節後半
〝われなんぢを強(つよ)くせん 誠(まこと)になんぢを助(たす)けん 誠(まこと)にわがただしき右手(みぎのて)なんぢを支(ささ)へん〟

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◆あなたの魂にある騒音に気付こう(3)

   ▽「島々よ。
     わたしの前で
     静まれ。
     諸国の民よ。
     新しい力を
     得よ。」
   (イザヤ書四一・一)
   


  "God is more than enough"(神様は私にとって十分以上のお方)ジム・バーグ博士著からの翻訳    

 ダビデ王は更に、神様は私を滅(ほろ)びの穴(あな)から引き上げてくださったと言っている。「滅びの穴」の文字通りの意味は「騒音(そうおん)の穴」である。あなたも今、「騒音の穴」に閉じこめられているように感じているかもしれない。神様がお望みのことは何であろう。ダビデ王の言葉に聞いてみよう。    

〝[神様は]私を滅びの穴から、泥沼から、引き上 げてくださった。そして私の足を巌(いわお)の上に置き、 私の歩みを確かにされた。主は、私の口に、新しい歌、われらの神への讃美を授けられた。多くの 者は見、そして恐れ、主に信頼しよう。〟
    詩篇四〇・二~三    

 神様はあなたの足をしっかりとした巌の上におくことを願っていらっしゃる。神様はあなたに安定を与え、これから進むべき道を確立(かくりつ)したいと願っていらっしゃる。すなわち、神様はあなたの進むべき道を導きたいのだ。そうすれば、他の人があなたの人生をみる時に神様のみ業を拝し、彼らも神様に人生の導きを求めるようになるからだ。    

 あなたの思考の棚卸(たなおろ)しをはじめよう。あなたの魂(たましい)の中にある騒音に耳をかたむけてみよう。    

◇あなたの魂には 不安や恐れの騒音がないか。    

 不安な思いは、思いわずらいの思考である。つまり、「これが起こったら、あれが起こったら」と心配することで、不確実性(ふかくじつせい)と弱点に関する思考である。すなわち、「このことに関しては支配権をゆずれない。誰々は何か計画をしているらしいが、思うようにはさせられない。」「これはあそこで使われるから、失敗しないようにしなくては。思いがけない何かが起きてはならない」。    

◇あなたの魂には、落胆と絶望の騒音がないか。    

 見込みがないときの思考である。「だから何。もうだめ。どんなにやっても希望がない。これ以上はよくならない。いつもこうだ」という様な思考だ。計画や希望が覆(くつがえ)されるということはどうであろう。「またチャンスをふいにしてしまった。このことでは一番になれない。いつも失敗ばかりだ。    

 継続的(けいぞくてき)な勝利は手にすることが出来ない」という様な思考はないだろうか。絶望は自(じ)己(こ)憐(れん)憫(びん)という思考の上に成長していく。「こんなことがいつも起こるのだ。このような困難は誰も経験しないだろう。いつも貧乏くじをひくのは自分だ。チャンスなんか来たことがない」という様な思考はないだろうか。(続く)    

   

  ◎ 暗誦聖句  イザヤ書四一章一〇節B
〝 驚(おどろ)くなかれ我(われ)なんぢの神(かみ)なり 〟

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◆あなたの魂にある騒音に気付こう(2)

   ▽「その(知恵を
     見いだし、
     知恵に従って
     生きる)道は
     楽しい道であり、
     その通り道は
     みな平安である。」
    (箴言三・一七)
   


  "God is more than enough"(神様は私にとって十分以上のお方)ジム・バーグ博士著からの翻訳    

〝すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。〟
    マタイ一一・二八    

 魂の救いの確信がないなら、あなたの隣りにいるクリスチャンに「どのようにしてクリスチャンになるのか」を聞き、あなたもイエス・キリストを信じ、永遠の生命をいただこう。    

 イエス様は、そこにいた人たち全員に「すべて疲れた人はわたしのところに来なさい」と言われた。疲れた人とは、疲れがたまり、疲れはててしまった人の意味である。語源は、むちで打たれる、である。    

 ほとんどの人が疲れた人であろう。竜巻に襲(おそ)われ、渦巻(うずま)く強風にのみこまれるならばどんなに恐ろしいことだろう。私たちの魂は人生の中で色々な形の竜巻にあい、圧倒させられてしまうことが多い。正にそのような状態にある私たちにイエス様は「わたしのところに来なさい。あなたのような人々をわたしは助けることが出来ます。」とおっしゃるのだ。    

 「重荷を負っている人」とは、積荷の重さに耐えられずに沈んで行く貨物船と似ている。これ以上は我慢(がまん)が出来ない、すなわち、これ以上のプレッシャーがかかるなら、地面に沈(しず)んでしまう、という時である。イエス様は「わたしのところに来なさい。わたしはあなたのような人を助けることが出来ます。」とおっしゃる。なんとすばらしいお招きだろう。イエス様は私たちがご自身のもとに来ることを望んでいらっしゃる。イエス様は私たちを助けたいとお考えなのだ。    

 魂の中にある騒音の棚卸(たなおろ)しをしよう。すなわちあなたの心から、憩いと安らぎを奪っていることを書きだそう。その前に、ダビデ王によって記された箇所を読もう。ダビデ王は詩篇四〇・一で「私は切なる思いで主を待ち望んだ。主は、私のほうに身を傾け、私の叫びをお聞き」になったと述べている。    

 私が強調した部分に注意してほしい。神様が身をのりだすようにしてあなたの叫びをお聞きになっていることを知っていただろうか。「私はあまりにも多くの問題を抱えているから、神様は私の話などお聞きになりたいはずがない」と言うかもしれない。しかしそれは間違いである。神様はあなたが抱える多くの問題をお聞きになりたいのだ。ダビデ王は「神様は私の叫びをお聞きくださった」と言っている。神様はあなたの叫びもお聞きくださる。(続)    

   

  ◎ 暗誦聖句  イザヤ書四一章一〇節A

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