FC2ブログ

習志野バプテスト教会の週報

◆ 毎日の生活で賛美をしよう(3)

   ▽「わたし、
     このわたしが、
     主であって、
     わたしのほかに
     救い主は
     いない。 」
  (イザヤ四三・一一) 
   


  教会以外でも、神様を賛美したり、神様についての真理の歌を口ずさむ生活を目指そう。

一、慈(いつく)しみ深き友なるイエスは
 罪(つみ) 咎(とが) 憂(うれ)いを取り去り給う
 心の嘆きを包まず述べて
 などかは降(おろ)さぬ
 負える重荷を
二、慈しみ深き友なるイエスは
 我らの弱きを知りて憐(あわ)れむ
 悩み悲しみに沈める時も
 祈りに応(こた)えて
  慰(なぐさ)め給わん
三、慈しみ深き友なるイエスは
 変わらぬ愛もて導き給う
 世の友 我(われ)らを棄(す)て去る時も
 祈りに応えて
 労(いたわ)り給(たま)わん
 (賛美歌三一二番)

 ジョセフ・スクリヴェンは一八二〇年アイルランドのダブリンで生まれた。ダブリン・トリニティー大学を卒業した彼は、人生に多くの期待と計画をもっていた。心優しく美しいアイルランド人と婚約していた彼は、大学での学びを活かして起業を考えていた。しかし、結婚も起業も実現しなかった。婚約者は結婚前日に不慮(ふりょ)の事故で水死してしまったのである。愛する人の遺体を見た時、彼は愕然(がくぜん)とした。この悲劇は彼の心から生涯消えることはなかった。

 婚約者に起こった悲劇を忘れようと、カナダに移住し、自分以上に不幸な人々を助けていた。自分の生活を省(かえり)みない援助のゆえに、彼を変人扱いする人もいた。しかし、困窮者にとってスクリヴェン氏の援助は神様からの祈りの答えであった。

 カナダ移住後一〇数年が経った頃、母親が大きな試練にあい、苦しんでいるという手紙が故郷から届いた。遠方に暮らす彼は、少しでも慰めになればと願い、「すべてをご存知の友」という詩を書いて故郷へ送った(一八五五年)。おそらく、息子の詩に感動した母親が、周りの人に詩を見せ、人伝えに広がり、作曲家チャールズ・コンバースの手にも詩の写しが届いたのであろう。詩のメッセージにふさわしい曲がつけられ、人々はこの歌を愛唱していた。しかし、当時作詞者は不明で、タイトルは歌詞の一節から「イエス・キリストが私たちの友であるとは何と驚くべきことだろう」とつけられていた。 

 ジョセフ・スクリヴェンが病いで倒れた。世話をしていた近所の人が、彼の枕元にあった手書きの詩を見かけた。作者特定のきっかけであった。スクリヴェン氏は自分が母に書いたものだと告げたが、本当のところは私と主で書き上げたものだと説明した。この作詞者とその母を慰めてくださったイエス様は、変わることのない愛をもってあなたを導いてくださる。(アルフレッド・スミス氏の著書参考)   

   

  ◎ 暗誦聖句  コリント前書六章二〇節後半 
〝然(さ)らばその身(み)をもて神(かみ)の榮(えい)光(こう)を顯(あらわ)せ。〟

PageTop

◆ 毎日の生活で賛美をしよう(2)

   ▽「喜びをもって
     主に仕えよ。
     喜び歌いつつ
     御前に来たれ。」
    (詩篇一〇〇・二)
   


  先週に引き続き、聖歌の背景をご紹介しよう。毎日の生活で、神様を賛美する一助となれば幸いである。    

一、驚くばかりの恵みなりき 
  この身の汚れを知れる我に    

二、恵みはわが身の恐れを消し
  任する心を起こさせたり     

三、危険をも罠(わな)をも避け得(え)たるは
恵みの御業と言うほかなし     

四、御国に着く朝いよよ高く
  恵みの御神(みかみ)をたたえまつらん    

 (聖歌一九六番)    

 作詞者ジョン・ニュートンは一七二五年ロンドンで生まれた。父親は船長であった。母親は熱心なクリスチャンであった。母親はある病気から余命(よめい)は長くないと悟(さと)り、息子が小さい時から聖書を教えた。    

 ジョンが七才の時に母親は亡くなり、船乗りとして、船の上で生活を始めた。危険であったが、刺激的であった。ある時、酒で酔わせられ、知らないうちに軍艦に乗せられ、目がさめた時は海の上であった。軍艦の水夫として働かざるをえなくなった。鞭(むち)で打たれ、虐待(ぎゃくたい)され、ひどい扱いをうけた。   

 この後、ジョンは、奴隷船の乗組員(のりくみいん)として働き、やがて船長となる。この間、お母さんが信じ、愛した神様からは遠く離れ、聖書を読むことはなかった。後に、ジョン・ニュートンは、「地獄(じごく)の苦しみから救われるために、クリスチャンにならなくてはならないと分かっていたが、罪は魅力的で、罪深い生活を捨てることは難しかった」と告白している。    

 年々、ジョンは罪の深みに沈んでいった。船長である彼を乗組員が軽蔑(けいべつ)するほど生活は落ちてしまった。「船長は人間以下だ」とみなされていた。ある時、酒によってジョンは海に落ちてしまった。しかし、乗組員はボートをおろして、船長を助けようとしなかった。彼らは、船長をめがけて銛(もり)を投げた。大きな魚を船に引きずり上げるときのように、おしりに刺さった銛をひき、船長を船に引きずりあげた。    

 ジョン・ニュートンは足を痛め、生涯(しょうがい)足をひきずって歩くようになった。足を引きずって歩くたびに「罪深い私を見捨てず、お救いくださった神様の恵みを感謝します」と証(あかし)するようになった。(アルフレッド・スミスの著作参考 "AL SMITH'S Treasury of Hymn History" by Alfred B. Smith)    

 私たちも神様の恵み深さに驚き、感謝しよう。私たちを愛して、ご自分の命までお捨てくださったイエス様に全てをお任せし、御国を目指して旅を続けよう。恵みの御神をほめたたえつつ。    

   

  ◎ 暗誦聖句  エペソ書一章三節
〝かれはキリストに由(よ)りて靈(れい)のもろもろの祝福(しゅくふく)をもて天(てん)の處(ところ)にて我(われ)らを祝(しゅく)し 〟

PageTop

◆ 毎日の生活で賛美をしよう(1)

   ▽「見よ。わたしは、
    世の終わりまで、
    いつも、
    あなたがたと
    ともにいます。」
   (マタイ二八・二〇)
   


 安けさは川のごとく 心 浸す時
 悲しみは波のごとく 我が胸 満たすとき
 全て安し 御神 ともにませば
  (聖歌四九三番)    

 神様の真理に基づく霊的な歌は世代を超えて歌い継がれるということをこの曲は証明している。一八七三年に作られたこの曲は多くの人を励ましてきた。以下は、アルフレッド・スミス氏の著作からの要約である。毎日の生活で、神様を賛美をする助けにしてほしい。    

 作詞者(ホラティオ・スパッフォード)はシカゴで有名な弁護士であった。開発が進む町に不動産を多く所有していた。彼は主イエス・キリストのために献身し、財産も惜しみなく献げ、D・L・ムーディーの働きを支援していた。一八七一年、大火事がシカゴを襲い、スパッフォード氏の不動産は灰となって消えた。信仰が試される時であった。この時、彼は更に大きな試練が近い将来に襲ってくるとは知るはずもなかった。    

 発展中であったシカゴでも、火事の後は荒廃したままであった。ムーディーによって建てられたノース・サイド・タバナクル教会が最初の建物であった。スパッフォード氏は巨額の損出を被ったが、教会を頼ってくる困窮者をよく助けた。彼よりも多くを失った人は少なかったが、全てを失った人たちを黙って見ていられなかったのである。「私には弁護士としての仕事があり、妻子もいる。財産も少しは残っている」と感謝していたのである。    

 火事から二年後の一八七三年一一月、子供の教育を考え、英国移住を決意した。学校再開の目途はなかったのである。出発直前、仕事の都合でスパッフォード氏はひとり残り、後便で英国に向かうことになった。ニューヨークに着いた夫人と子供たちは船に乗った。順調に航海していた船は、英国の船と衝突し、海の底に沈んでいった。スパッフォード家の四人娘を含め多くの乗客が亡くなった。スパッフォード夫人は意識がなかったが、漂流物につかまって浮いているところを救助された。救助船でイギリスに向かう途中、「助かったのは私だけです」と夫に電報を打った。    

 スパッフォード氏は電報を受け取った。あの火事の時とは比較にならない、深い悲しみが心を覆った。愛する娘たちは戻ってこない。絶望の中にあった。その時、「どのような状況でも、神様は私をお見捨てにならない」という神様のお約束を思い出した。心に光が輝いた。心から溢れてきた思いが首記の詩である。作詞者の友人、フィリップ・ブリスがこの詩に最適な曲を作った。この歌は、神様は決してあなたを見捨てないという真理を教え、あなたをも励ますことだろう。    

   

  ◎ 暗誦聖句  エペソ書一章三節前半
〝讃(ほ)むべきかな、我(われ)らの主(しゅ)イエス・キリストの父(ちち)なる神(かみ)〟

PageTop

◆ まことに主は大いなるお方(4)

   ▽「…何をするにも、
     ただ神の栄光を
     現わすために
     しなさい。 」
   (Ⅰコリント一〇・三一) 
   


  ジム・バーグ博士の "Created for His Glory(神様の御栄光のために創造された)" からの引用    

 毎日の生活において、いつでも神様を最優先すべきである。神様を最優先にする人は、偉大な神様を見つめている。ゴリアテを恐れたサウル王と兵士たちは、巨人ゴリアテを見つめていた。ダビデは「おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。 きょう、主はおまえを私の手に渡される。…すべての国は、イスラエルに神がおられることを知るであろう」 (Ⅰサムエル一七・四五、四六)と言った。偉大な神様を見つめていたダビデにはゴリアテは大きな的に見えたのであろう。    

 ネパールとチベット国境にあるエベレストを考えてみよう。世界最高峰(さいこうほう)の山で、ネパール政府の発表では八八四八メートルである。エベレストの栄光は、エベレストを見下ろす高い山が一つもないということである。高さにおいて肩を並べる山がないというのが、エベレストを比類ない卓越した山としている。エベレストの栄光である。他の山はこの栄光を共有できない。エベレストは山の中で最も高い。一番である。    

 「何かの栄光とは、それを一番とならしめる優れたことであり、他のものとは異なる唯一性(ゆいいつせい)である」と前号で学んだ。神様のご栄光とは、神様が他の全てのものに優(まさ)ってすばらしいお方であると示す、神様の比類ない卓越性である。神様こそすべてのものの源であり、保持なさるお方である。    

 すなわち、神様こそ創造主である。創造主は他にはいない。神様だけが永遠に存在なさる。永遠に存在するものは他にいない。すなわち、神様だけが、初めも終わりもないお方である。神様はこれからも永遠に存在なさる。神様は無限である。他はすべて有限である。測量不能、どんなものにも収容不可能なお方は神様以外にはいない。神様の知識と知恵の大きさも他に類をみない。神様だけがすべてを直観的にそして完全に知ることができる。神様のお力に並ぶものはいない。神様の御手をとどめ、お働きを妨げることができる者はいない。神様は願ったことは何でも実現される。しようとすること全てを遂行(すいこう)できるお方は神様以外にはいない。    

 エベレストは一九五三年に、エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイによって制覇(せいは)された。しかし、神様には並ぶ者も征服者もいない。神様はすべてのものの主である。偉大な神様をよく知るために、聖書を読み、祈ろう。他の人は私たちの生き方をみて、私たちが第一にしているものは何だと思うのであろうか。神様をいつも最優先にできるように祈り求めよう。    

   

  ◎ 暗誦聖句  出エジプト記一五章一一節前半 
〝 主(しゅ)よ神(かみ)の中(うち)に誰(たれ)か汝(なんじ)に如(しく)ものあらん〟

PageTop