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習志野バプテスト教会の週報

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バプテストの特徴(七)の①

▽「あなたがたのうちにいる、神の羊の群れを、牧しなさい。」(Ⅰペテロ五・二A)
   


  七番目の特徴は、二つの職務(牧師と執事)である。    

 スチュワート・カスター博士がお書きになった記事を以下に記す(Biblical Viewpoint,一九九五年四月号)。    

 Ⅱテモテ第三章において、パウロは二つの職務(Two offices of the church)について記している。    

Ⅰ、 長老の資格(一~七節)    

 パウロは、監督、長老、そして牧師という用語を同じ意味で使った。 使徒二〇・一七、二八からもこのことは明らかである。二世紀までには、人々はそれら三つの言葉に差別を見つけるようになったが、パウロが記した時には差別はなかった。    

 神様にお仕えしたい、と願うことは良いことであり、立派なことである。しかし、願いだけでは十分ではない。すなわち、神様にお仕えしたいと願うものは、神様に受け入れられるために一定の特質を持っているべきである(一節以降)。長老として主にお仕えする者の資質としてパウロは、以下のことをあげている。    

 ア、非難されるところのない者    

  「非難されるところがな(い)」(二節)人とは、「罪のない、完全な人」を意味しない。行動に関して、他の人から責められるところがない人、という意味である。共に生活をしている地域の人が、その人の経済活動や社会生活を見るとき、疑いを持たれない人、という意味である。    

 イ、一人の妻の夫    

  この言葉は、二つの考えを含んでいる。すなわち、複数の妻を持っていない人であり、離婚をしていない、ということ(二節)。長老(あるいは牧師)は、信者たちの前にあって模範である。もし牧師が離婚したものなら、証を台無しにしてしまう。クリスチャンの夫、父親は、自分のモデルとして牧師を模範に出来なければならない。牧師が自分の家庭の問題を解決出来ないならば、どのようにして教会の問題を解決することが出来るだろう(五節)。「一人の妻の夫」という言葉を強調するあまり、伴侶が召されている人、あるいはまだ若いために伴侶を持っていない献身者を除外することがあってはいけない。    

 ウ、自分を制する人    

  自分自身を失うことがないように絶えず注意をする人。この言葉には、慎重で、思慮深い人の意味も含まれる。(カスター博士の解説は続きます)    


☆キリストご自身が、ご自分のお体(教会)を建て上げようと、聖徒を整えるために牧師をお立てくださる。主の御名を崇め、感謝しよう。牧師が与えられた努めを忠実に果たせるよう、牧師のために祈ろう。    

   

◎ 暗誦聖句 エペソ書一章一七節
〝 我(われ)らの主(しゅ)イエス・キリストの神(かみ)、榮(えい)光(こう)の父(ちち)、なんぢらに智慧(ちえ)と默示(もくし)との靈(れい)を與(あた)へて、神(かみ)を知(し)らしめ〟

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バプテスト教会の特徴(六)

▽「キリストは教会のかしら」(エペソ五・二三)
   


   もう一つのバプテスト教会の特徴は、救われた者が教会員となること(Saved church membership)である。集会出席、献金、奉仕によって教会員とはならない。キリストを公(おおやけ)に救い主(ぬし)として告白し、聖書の教えに従う意志を示し、教会の教理と標準に賛成する人が教会員となる。    

 このバプテスト教会の特徴を覚えるとき、二つのことを理解しよう。    

 先(ま)ず、救いは神様の一方的な愛に基づくプレゼントであり、恵みであること。    

 「…神は私たちを世界の基(もとい)の置かれる前からキリストのうちに選び、御前(みまえ)で聖(きよ)く、傷のない者にしようとされました。神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。 私たちは、この御子(みこ)のうちにあって、御子の血による贖(あがな)い、すなわち罪の赦(ゆる)しを受けているのです。これは神の豊かな恵みによることです」(エペソ一・四、五、七)。    

 次に、教会員となるのも神様のお恵みであること。神様の子どもとされた私が成長できるように教会、牧師、信仰の友が備えられることは祝福である。牧師は御言葉をよく学び、正しく、分かりやすく解き明かし、実践的な適用を示す。信者は耳障りなことでも、牧師が神様の御言葉を大胆に語れるように祈る。そうであれば、教会は健全で、神様の恵みを豊かにいただく。当教会が主イエス様に忠実な教会であれるように、また、次の世代も主に忠実であり続けられるよう祈ろう。    

「…キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです。 それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためであり、… キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです」(エペソ四・一一、一二、一六)。    

 教会の頭(かしら)はイエス・キリストであられる。教会は主(しゅ)のものである。什一(じゅういち)献金は教会員が教会に払う会費ではない。 私たちを恵んでくださる神様への感謝と信頼を込めて、お返しするものである。ゆえに、牧師も什一献金をする。什一献金は教会会計の土台であるが、神様への献金であることを忘れてはいけない。    

 この教会で救われた方も、他の教会で救われた方も、イエス様によって救われ、主があなたをこの教会の一員にお招きくださったのである。この教会であなたが成長し、あなたの故に教会全体も成長することを主はお望みである。頭なるイエス様のお心を心としよう。    

   

  ◎ 暗誦聖句  エペソ書一章一七節

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バプテストの特徴(五)

▽「 …自由人として行動しなさい。その自由を、悪の口実に用いないで、神の奴隷として用いなさい」 (Ⅰペテロ二・一六)
   


   バプテスト教会の特徴についてすでに四つ学んできた。覚えていらっしゃるだろうか。英語が好きな方はBAPTISTSの頭文字がヒントとなるであろう。B(聖書の権威)、A(地方教会の自治)、P(全信徒の祭司職)、T(二つの礼典)。残りの四つを学んでいこう。五番目は、個人の精神の自由(Individual soul liberty )である。    

 聖書は、人間の個人性を教えている。雪の結晶と同じく、人もそれぞれ個性的に造られ、同じ人は二人としていない。人は個人的に恵みを受け、霊的な賜物を受け、神様に仕える。人は自分の意志で選択し、その報酬を受ける。人は個人的にさばかれる。個人伝道をしていると、「家(うち)は○○なので、キリスト教は結構」と言われるときがある。真の神様は、一人一人と親しい関係をお持ちになりたいのである。信仰は個人的なことである。家の人が信じているか、いないかではなく、「私はイエス・キリストを信じる」か「私は信じない」という決断をしなければならない。    

 あなたは自由であろうか。それとも何かに縛られて不自由であろうか。置かれている状況にかかわらず、キリストにある人は自由である(Ⅰコリント七・二二~二三)とパウロは教えている。神様は義なるお方である。神様に従うとき、私たちの良心は完全に自由である。愛と知恵と力に満ちたお方の御前にいると、私たちは不安や恐れからも解放される。私たちの心は完全に自由である。    

 パウロは自分の権利や自由をどのように使うべきか も教えている。Ⅰコリント一〇・二三、二四を見よう。「すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが有益とはかぎりません。すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが徳を高めるとはかぎりません。 だれでも、自分の利益を求めないで、他人の利益を心がけなさい 」。パウロは、自分の権利や自由よりも、神様の御栄光と他の人の益を優先した。私たちも同じように自由を用いよう。    

 個人の精神の自由は、不法を行うとか、わがままに歩むこととかを認める自由ではない。「人に従うより、神に従うべきです」(使徒五・二九)という、ペテロの言葉のように、個人的に神に従うことを認めるのである。聖書を読むこと、神を礼拝すること、神に従うことは、決して人に強制されてするものではない。この原則をバプテスト教会は認めているのである。    

   

  ◎ 暗誦聖句  エペソ書一章三節前半
讃(ほ)むべきかな、我(われ)らの主(しゅ)イエス・キリストの父(ちち)なる神(かみ)〟

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主よ、自分の日を正しく数えさせてください

▽「神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられる…。」(Ⅰペテロ五・五)
   


  〝私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。    

 だれが御怒りの力を知っているでしょう。だれがあなたの激しい怒りを知っているでしょう。その恐れにふさわしく。    

 それゆえ、私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。そうして私たちに知恵の心を得させてください。    

 帰って来てください。主よ。いつまでこのようなのですか。あなたのしもべらを、あわれんでください。    

 どうか、朝には、あなたの恵みで私たちを満ち足らせ、私たちのすべての日に、喜び歌い、楽しむようにしてください。    

 あなたが私たちを悩まされた日々と、私たちがわざわいに会った年々に応じて、私たちを楽しませてください。    

 あなたのみわざをあなたのしもべらに、あなたの威光を彼らの子らに見せてください。    

 私たちの神、主のご慈愛が私たちの上にありますように。そして、私たちの手のわざを確かなものにしてください。どうか、私たちの手のわざを確かなものにしてください。 〟     

 詩篇九〇篇一〇~一七節    

 神様のお恵みによって、新しい年を迎えることができました。神様に期待して今年の計画や目標をたてていることでしょう。神様を見上げて日々に必要な恵み(助けと力)をいただいていくならば、神様はご自身のご栄光のためにその事を成させてくださいます。    

 箴言一六章三節
「あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆるがない 」
と、    

 ピリピ二章一三、一四節
「 神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。 すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行ないなさい」
を暗誦しましょう。    

 そうすれば、神様の御心よりも自分の願いに逸(そ)れたとしても、すぐに軌道修正(きどうしゅうせい)することができます。神様を疑いそうになっても、神様を信頼し続けることができます。    

 私たちの地上での命は短く、しかも、神様のカレンダーには、地上を去り、神様にお会いする日がすでに定まっています。やりたいことを全てする時間はないかもしれません。    

 「何をするとしても、神様の御栄光をあらわすためにしよう」とまず決心しましょう。    

 「あなたがたには、あすのことはわからないのです。あなたがたのいのちは、いったいどのようなものですか。あなたがたは、しばらくの間現われて、それから消えてしまう霧にすぎません。 むしろ、あなたがたはこう言うべきです。『主のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう』」(ヤコブ四・一四、一五)。    

 祝福を祈ります。  

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