FC2ブログ

習志野バプテスト教会の週報

神をおそれよ(12)

▽「主を恐れる者と御恵みを待ち望む者とを主は好まれる。」 (詩篇一四七・
一一)

三ヶ月に渡って、主(しゅ)を恐(おそ)れることを共に学んできた。各自で聖書を
読む時に、「主を恐れる」という言葉がこれまで以上に目に飛び込んでくるよう
になったことと思う。〝…「民(たみ)をわたしのもとに集めよ。わたしは彼らに
わたしのことばを聞かせよう。それによって彼らが地上に生きている日の間、わ
たしを恐れることを学び、また彼らがその子どもたちに教えることができるよう
に。」〟(申命記四・一〇)から、私たちは召(め)される時まで主を恐れること
を学び続け、次の世代にそのことを教えていかなければならない、と教えられる。
「主を恐れる者と変えられたい」という強い願いを持って学び続けるならば、神
様から豊かな恵みをいただくことは間違いがない。「主を恐れる」という言葉が
ない箇所を読んでいても、主を恐れる人の徳性(とくせい)に気がつくようになっ
ていく。これまでの学びを読み返し、復習をしよう。箴言(しんげん)の聖句から
なるアウトラインは二週に渡った。それぞれの項目を理解し、全体の関連を理解
するまでには、神様の恵みと私たちの努力が必要である。少なくとも今年一年間、
神様を恐れる者と変えられるように祈り続けよう。今回のシリーズで触(ふ)れな
かった聖句を以下に記す。心にとどめよう。
◇神様へのご奉仕、礼拝、讃美にあずかる者は、主を 恐れる心を慕(した)い求
めなければならない。
「恐れつつ主に仕えよ。」(詩篇二・一一)
「…私は、豊かな恵みによって、あなたの家に行き、
あなたを恐れつつ、あなたの聖(せい)なる宮に向かってひれ伏します。」(詩
篇五・七)
「主を恐れる人々よ。主を賛美せよ。」(詩篇二二 ・二三)
◇神様を恐れる者には豊かな祝福が約束されている。
 「見よ。主の目は主を恐れる者に注がれる。その恵 みを待ち望む者に。」
(詩篇三三・一八)
 「主の使いは主を恐れる者の回りに陣(じん)を張り、彼ら を助け出される。」
(詩篇三四・七)
 「主を恐れよ。その聖徒たちよ。彼を恐れる者には 乏しいことはないから
だ。」(詩篇三四・九)
 「天が地上はるかに高いように、御(み)恵みは、主を恐 れる者の上に大き
い。」(詩篇一一三・一一)
◇心にとめ、暗誦し、黙想し、実践したい聖句。
 「主よ。あなたの道を私に教えてください。私は あなたの真理のうちを歩み
ます。私の心を一つに してください。御名を恐れるように。」
     (詩篇 八六・一一)  □

◎ 暗誦聖句 エペソ書三章一九節
〝凡(すべ)て神(かみ)に滿(み)てる者(もの)を汝(なんじ)らに滿(みた)しめ給(た
ま)はん事(こと)を。 〟

PageTop

神をおそれよ(11)

▽「主を恐れることはいのちの泉、死のわな からのがれさせる。」 (箴言一
四・二七)

先週の続き("Wellsprings of Life" からの引用)。
Ⅱ.主(しゅ)を恐れる心はきよい生活にあらわれる(箴言(しんげん)から)
一、正しいことをおこなう
〝まっすぐに歩む者は、主を恐れ、曲がって歩む者は、主をさげすむ。〟(一
四・二)
二、悪から遠ざかる
〝主を恐れることは悪を憎(にく)むことである。わたしは高ぶりと、おごりと、
悪の道と、ねじれたことばを憎む。〟(八・一三)
〝知恵のある者は用心深くて悪を避け、愚かな者は怒(いか)りやすくて自信が
強い。〟(一四・一六)
〝恵みとまことによって、咎(とが)は贖(あがな)われる。主を恐れることによ
って、人は悪を離れる。〟(一六・六)
三、悪を行(おこな)う人々から遠ざかる
〝わが子よ。主と王とを恐れよ。そむく者たちと交わってはならない。〟(二
四・二一)
〝たちまち彼らに災難が起こるからだ。このふたりから来る滅びをだれが知り
えようか。〟(二四 ・二二)
〝あなたは心のうちで罪人(つみびと)をねたんではならない。ただ主をいつも
恐れていよ。〟(二三・一七)
〝確かに終わりがある。あなたの望みは断ち切られることはない。〟(二三・
一八)
Ⅲ.神様について知るほど、主を恐れるようになる
〝わが子よ。もしあなたが、私のことばを受け入れ、私の命令をあなたのうち
にたくわえ、〟(二・一)
〝あなたの耳を知恵に傾け、あなたの心を英知(えいち)に向けるなら、〟(二
・二)
〝そのとき、あなたは、主を恐れることを悟(さと)り、神の知識を見いだそう。
〟(二・五)
Ⅳ.主を恐れない人は問題と裁きに直面する
〝なぜなら、彼らは知識を憎み、主を恐れることを選ばず、〟(一・二九)
〝わたしの忠告(ちゅうこく)を好(この)まず、私の叱責(しっせき)を、ことご
とく侮(あなど)ったからである。〟(一・三〇)
〝それで、彼らは自分の行(おこ)ないの実(み)を食らい、自分のたくらみに飽
(あ)きるであろう。〟(一・三一)
〝わきまえのない者の背信(はいしん)は自分を殺し、愚かな者の安心は自分を
滅ぼす。〟(一・三二)   ■
著者(ダン・オースナー)は、牧師、宣教師を父、祖父にもち、幼い時からみ言
葉に親しんできた。ビジネスの世界で活躍(かつやく)しながら、主と教会に仕え
てきた著者が、思春期にあるお子さんたちのために始めたプロジェクトがこの本
になった。「主を恐れる」ことをご自分で学び、主のご命令に従って、子どもた
ちにそのことを教えようと努(つと)めたのだ。大きなチャレンジである。(続く)

◎ 暗誦聖句    エペソ書三章一九節
〝その測(はか)り知(し)るべからざる愛(あい)を知(し)ることを得(え)しめ、
(凡(すべ)て神(かみ)に滿(み)てる者(もの)を汝(なんじ)らに滿(みた)しめ給(た
ま)はん事(こと)を。) 〟

PageTop

神をおそれよ(10)

▽「主は、聖徒たちのつどいで大いに恐れら れている神。」 (詩篇八九・七
前半)

留学中に出席していた教会のある兄弟が、"Wellsprings of Life"(『生命の源
(みなもと)』)という本をくださった。八~一〇歳の三人のお子さんと始めたプ
ロジェクトで、箴言をテーマごとにまとめている。以下はこの本の引用である。
Ⅰ.主を恐れることは、真の人生の土台(箴言から)
一、生き生きとした霊的生活の源
〝主を恐れることはいのちの泉、死のわなからのがれさせる。〟(一四・二七)
二、知恵と知識の源
〝主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟りである。〟(九・
一〇)
〝主を恐れることは知恵の訓戒である。謙遜は栄誉に先立つ。〟(一五・三三)
〝主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。〟
(一・七)
三、人生における尊ぶべき凡てのものの必要条件
ア、幸せと喜び
〝幸いなことよ。いつも主を恐れている人は。しかし心をかたくなにする人
はわざわいに陥る。〟
(二八・一四)
〝わずかな物を持っていて主を恐れるのは、多くの財宝を持っていて恐慌が
あるのにまさる。〟
(一五・一六)
イ、安心と安全
〝主を恐れるなら、いのちに至る。満ち足りて住み、わざわいに会わない。
〟(一九・二三)
〝力強い信頼は主を恐れることにあり、子達の避け所となる。〟(一四・二
六)
ウ、健康
〝自分を知恵のある者と思うな。主を恐れて、悪から離れよ。〟(三・七)
〝それはあなたのからだを健康にし、あなたの骨に元気をつける。〟(三・
八)
〝わたしによって、あなたの日は多くなり、あなたのいのちの年は増すから
だ。〟(九・一一)
〝主を恐れることは日をふやし、悪者の年は縮められる。〟(一〇二七)
エ、物質的な祝福と名誉
〝謙遜と、主を恐れることの報いは、富と誉れといのちである。〟(二二・
四)
〝麗しさはいつわり。美しさはむなしい。しかし、主を恐れる女はほめたた
えられる。〟(三一・三〇)                    (続く)

◎ 暗誦聖句  ペテロ前書五章五節
〝神(かみ)は高(たか)ぶる者(もの)を拒(ふせ)ぎ、へりくだる者(もの)に恩惠(め
ぐみ)を與(あた)へ給(たも)ふ〟

PageTop

神をおそれよ(9)

▽「主はすべてのものを、ご自分の目的のために造られた」 (箴言一六・四)

〝ああ、あなたがたは、物をさかさに考えている。陶器(とうき)師(し)を粘土(ね
んど)と同じにみなしてよかろうか。造られた者が、それを造った者に、「彼は私
を造らなかった。」と言い、陶器が陶器師に、「彼はわからずやだ。」と言えよ
うか。〟   イザヤ書二九章一六節
首記の聖句は、預言者イザヤの時代にイスラエルの民が主を恐れなかった三つめ
の理由を説明している。イスラエルの民は、神様が創造主(そうぞうしゅ)であら
れ、支配者であられることを否定した。それ故に、彼らは主を恐れることがなか
った。民は、神様が彼らの人生のマスター(主人)でいらっしゃることを望まな
かった。自分の思うままに生きたいと願った。私たちはどうだろうか。創造主な
る神様の私たちに対するご計画を意識しているだろうか。
神様は、陶器師と陶器の例をお用いになった。被造物が創造主に「あなたは私の
創造主ではない。故に、あなたは私の主人ではない。私の人生に口出しをしない
でほしい。」ということを、「あなたがたは、物をさかさに考えている」と神様
はおっしゃった。人間のそうした言葉は、創造主に対する愛と感謝の気持ちの欠
如をも表している。子どもが「私は、自分で願ってこの家の子どもになったので
はない」と言ったらどうであろう。自分の時間、生命を惜しむことなく愛してき
た子にそのように言われたら、言葉にできないほどの大きな悲しみとなるだろう。
イエス・キリストを信じ、救われるまで私たちも神様に同じことを言ってきたの
だ。「あなたは私の創造主でも、神でもない。私は救いなど必要ない」と。
イザヤ書二九章一三~一六節を学んで分かることは、もし私たちが主を正しく恐
れているならば、【①主を愛し、主に私たちの持てる最高のもの、すなわち私た
ちの心をささげたいと願う。②神様は大いなるお方でいらっしゃり、すばらしい
ことをしてくださることを信じる故に、神様に近づくことを願い求め、神様の知
恵と助けをもとめる。言い換えると、神様と神様のお力を信じる。③主と私たち
の関係を正しく理解し、創造主のお導きを喜び、それに従う。】ということだ。
私たちは主を恐れているだろうか。そのように願っているだろうか。『国語辞典』
(旺文社)の説明を見てみよう。【恐れる・△畏(おそ)れる】①危険などを感じ
て恐ろしく思う。こわがる。②悪い結果になるのではないかと心配する。気づか
う。③敬いの心を生じてかしこまる。恐縮する。
私たちが学んでいる「主を恐れる(文語体では畏れる)」とは、③の意味(畏敬
(いけい))である。   (続く)

◎ 暗誦聖句 エペソ書二章一〇節
〝我(われ)らは神(かみ)に造(つく)られたる者(もの)にして、(神(かみ)の預(あ
らか)じめ備(そな)へ給(たま)ひし善(よ)き業(わざ)に歩(あゆ)むべく、)キリス
ト・イエスの中(うち)に造(つく)られたるなり。〟

PageTop

神をおそれよ(8)

▽「主を恐れる人は、主の大いなるお力を信じる人」
〝ああ。主に自分のはかりごとを深く隠す者たち。彼らはやみの中で事を行ない、
そして言う。「だれが、私たちを見ていよう。だれが、私たちを知っていよう。」
と。〟    イザヤ書二九章一五節
イザヤが神様にお仕えした当時のイスラエルの民は、神様を恐れているように見
えたが、形だけのものであった。神様に対する愛、畏敬(いけい)の思いがなかっ
たのだ。首記の聖句から、イスラエルの民の心に主を恐れる思いがなかった別の
理由を学び、私たちの反面教師としよう。第一に、彼らは自分たちの思いを主に
ゆだねることがなかった。なぜ、全てをご存じでいらっしゃり、私たちに良いこ
とをご計画くださる主に、導きを求めなかったのか。彼らは、「自分たちの方が
神様よりも知恵があり、自分たちのために良い計画をたてることができる」と考
えていたのだろう。悪いことだと知っていながら、どうしても自分の思いを制御
(せいぎょ)できず、神様に隠れてしようとしたのだろう。新改訳(しんかいやく)
聖書の太字の主(しゅ)は、文語(ぶんご)訳(やく)ではエホバであり、ヘブル語は
ヤハウェである。このお名前は、神様とイスラエルとの密接な関係、特に契約関
係を示している、と言われる。主は独立自存(じそん)であって、現在も生きてお
られ、人間を救い、助け、祝福し、契約を守られるお方である。次のみ言葉を心
に刻(きざ)もう。
〝あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆる
がない。…主はすべて心おごる者を忌(い)みきらわれる。確かに、この者は罰を
免れない。恵みとまことによって、咎(とが)は贖(あがな)われる。主を恐れるこ
とによって、人は悪を離れる〟(箴言一六・三、五、六)。
第二に、彼らは「神様は私たちを見てはいない」と考え、自分たちの計画を隠(か
く)そうとした。イエス様は、闇の中で生活する者について次のように仰(おっし
ゃ)った。〝…光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行ない
が悪かったからである。悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出
されることを恐れて、光のほうに来ない。〟(ヨハネ三・一九~二〇)。神様を
恐れたダビデとは対照的である。ダビデは、①神様のそば近くにいることを願っ
た(詩篇八四・一〇)。②神様はいつも私をご覧下さり、困った時にはすぐに助
けて下さる、と信じていた(詩篇一三九)。③神様は大いなるお方であり、すば
らしい御わざをなして下さると信じていた(詩篇八六・一〇)。
イスラエルの民が主を恐れることがなかったのは、神様と神様のお力を信じてい
なかったからである。                    (続く)

◎ 暗誦聖句 エペソ書二章一〇節
〝我(われ)らは神(かみ)に造(つく)られたる者(もの)にして、神(かみ)の預(あら
か)じめ備(そな)へ給(たま)ひし善(よ)き業(わざ)に歩(あゆ)むべく、キリスト・
イエスの中(うち)に造(つく)られたるなり。〟

PageTop