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習志野バプテスト教会の週報

主イエス・キリストの教会(4)

▽「 神の家とは生ける神の教会のことであり、その教会は、 真理の柱また土台
です。 」 (Ⅰテモテ三・一五)

 教会創立記念月間として、教会はイエス様のものであること、そして、教会が
アサ、マナセ各王の生涯から学ぶことを見てきました。今日は、ヨシャパテ王の
生涯から学びます。

 ヨシャパテは国を治めるために力を尽くし、町々に兵をおき、国を安定させま
した。ヨシャパテは、ダビデ王が歩んだように歩み、バアルなど偶像を拝まず、
神様に助けを求めました。神様はヨシャパテと共におられ、ユダ王国を堅固にし
てくださったのです。ユダの人々はヨシャパテを尊敬し、愛しました。経済的な
祝福にあずかり、ヨシャパテはさらに神様のために、力を尽くしてお仕えし、高
い所とアシェラ像を一掃し、指導者、レビ人、祭司を町々におくり、神様の御言
葉を民に聞かせました。ユダ王国周辺の国々は、ヨシャパテが愛し、仕えている
神様を恐れて、攻めてこなかったのです(Ⅱ歴代一七章)。

 習志野バプテスト教会も、神様に忠実に仕え、神様の御言葉を全ての造られた
人達に正しく伝える教会でありたいです。伝える対象は全世界であること、伝え
るべきは福音であることをいつも覚えていましょう。

 ヨシャパテ王の生涯から、信者として、教会として学ぶべき良い所が沢山ある
のですが、反面教師として教会が学ぶべきことがあります。これほど素晴らしい
王であったヨシャパテが、実は南王国ユダの腐敗と堕落について最も重い責任が
問われるのです。

 北王国の腐敗と堕落について最も重い責任が問われるのは、最初の王、ヤロブ
アムです。これは分かりやすいです。ヤロブアムは金の小牛(偶像)をつくり、
祭司でない人を祭司に任命し、勝手につくった祭儀を執り行わせたのです。北王
国はヤロブアムがつくった偶像と異教から抜け出ることはありませんでした。

 一方、ヨシャパテの生涯は大変すばらしいものでした。なぜ、彼が南王国の腐
敗と堕落の責任を問われるのでしょうか。私たち信者がこのレッスンを学ぶよう
に、そして、同じ失敗をしないように、神様は聖書にこのことを記していらっし
ゃいます。

 ヨシャパテ王の失敗を学ぶ前に、その影響力の大きさを確認しましょう。ヤロ
ブアムの偶像礼拝で始まった北王国の霊的堕落は、アハブとイゼベルのバアル崇
拝で最高潮を迎えます。ヤロブアムが偶像礼拝を導入してから六〇年後のことで
した。アハブが北王国を支配していた頃、南王国はヨシャパテの統治下にあり、
神様の祝福によって繁栄していました。ところが、敬虔なヨシャパテの死後一二
年目には、異教と偶像礼拝によって北王国と並ぶほど南王国は堕落してしまいま
す。自らは偶像から遠ざかり、民にも警告して、熱心に取り除いたはずの偶像礼
拝が、自分の死後一二年目には、南王国に蔓延してしまったのです。(続く)

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主イエス・キリストの教会(3)

▽「 主は…ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改 めに進むこと
を望んでおられるのです。」 (Ⅱペテロ三・九)

 マナセ王の生涯から学びます。Ⅱ歴代誌三三章をお読みください。
◆神様はご自分の僕をお用いになります(三節)。
 主が忌み嫌われる物をイスラエルから追い払った僕の一人は、マナセの父ヒゼ
キヤでした。神様はご自分の心を己の心とする人をお捜しになり、その者を通し
てご自身の御力を現されます(Ⅱ歴代一六・九前半)。◆神様は偶像礼拝を忌み
嫌われます(二、三節)。

 マナセはベン・ヒノムの谷で、モレクに自分の子ども達を捧げました。偶像礼
拝は、霊的、道徳的、社会的な堕落をもたらします。マナセはユダとエルサレム
の住民を迷わせて、主がイスラエル人の前で根絶やしにされた異邦人よりも、更
に悪いことを行なわせました(九節)。本来「高き所」は、小高い丘や峰にあり、
神様を礼拝する場所でした。サムエルものぼりました(Ⅰサムエル九・一四)。
しかし、異教徒もそのような場所に祭壇を築き、イスラエル人の高き所が段々と
偶像礼拝と結びついていったのです。実際に高い所でなくても、偶像礼拝の場所
は高き所と呼ばれました。マナセはその高き所を修復し、偶像を拝みました。

◆神様は万人に悔い改めの機会をお与えくださいます。
 「主はマナセとその民に語られたが、彼らは聞こうともしなかった」(一〇
節)。神様は、ご自身が忌み嫌われる多くの悪を行ったマナセに対してさえ、悔
い改めの機会をお与えになりました。それでも神様に心を向けないマナセに、神
様はアッシリヤの王に仕える将軍達をユダに派遣されます。獣が運搬される時に
使われる鉤でマナセは捕らえられ、青銅の足かせにつながれ、バビロンまで引い
て行かれました。エルサレム~バビロンは直線距離でも九百キロあります。大き
な苦しみにあい、マナセはようやく、神様の御前にへりくだり、神様に祈り、助
けを求めました。「神は彼の願いを聞き入れ、その切なる求めを聞いて、彼をエ
ルサレムの彼の王国に戻された。こうして、マナセは、主こそ神であることを知
った」(一三節)。

◆神様に罪を赦された者の生活は変えられます。
 マナセは主の宮と町町から偶像を一掃し、真の神様を礼拝しました。高い城壁
も築きました(一四~一六節)。人はみな、神様と正しい関係を持つ時、神様か
ら力をいただいて変わります。正しくは変えられます。

◆マナセをも愛された神様は、一人でも滅びることをお望みになりません。教会、
クリスチャンを通して、イエス・キリストの福音を人々にお語りになりたいので
す。聖書信仰に立ち、福音を正しく宣教し続けることこそ、習志野バプテスト教
会に与えられた使命です。神様の御心を自分の心と出来るよう、祈りましょう。

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主イエス・キリストの教会(2)

▽「 神の家とは生ける神の教会のことであり、その教会は、真理の柱また土台で
す。 」 (Ⅰテモテ三・一五)

 習志野バプテスト教会の教会創立五三周年の月間ですので、教会について考え
ましょう。カクラン宣教師の英語バイブル・タイムの翻訳は、このシリーズのあ
と、再開しますので、お楽しみにしてください。

 サウル、ダビデ、ソロモン、レハブアムと続いた王国は、レハブアムの時、南
北二つの王国に分かれました。北はイスラエル王国、南はユダ王国です。ユダ王
国の王様について学ぶことをおすすめします。Ⅱ歴代誌を読めば、ソロモン王か
らユダ王国最後の王ゼデキヤまで学ぶことができます。ローマ一五章四節に「昔
書かれたものは、すべて私たちを教えるために書かれたのです。それは、聖書の
与える忍耐と励ましによって、希望を持たせるためなのです」と記されています。
神様を信頼して神様に従う者と、神様に対して不信の罪を犯す者への神様のお取
り扱いを学びます。

 レハブアム王の孫アサについて、Ⅱ歴代誌は「 高き所はイスラエルから取り除
かれなかったが、アサの心は一生涯、完全であった」(一五・一七)と記してい
ます。これは、アサ王の三五年間の統治についてです。 Ⅱ歴代誌一六章以降に
は、アサ王の第三六年目とそれ以降のことが記されています。神様がアサに遣わ
された予見者の言葉を見ましょう。「あなたはアラムの王に拠り頼み、あなたの
神、主に拠り頼みませんでした。それゆえ、アラム王の軍勢はあなたの手からの
がれ出たのです」(Ⅱ歴一六・七)。 神様はアサに罪を悔い改める機会をお与え
になりました。しかし、アサは、この予見者に対して激しく怒り、彼の足にかせ
をつけます(一〇節)。第三九年目に、アサは両足とも病気になります。神様は
アサに罪を悔い改め、神様に助けを求める機会を再度お与えくださったのです。
ところが、その病の中でさえ、王は神様を求めず、逆に医者を求めました(一二
節)。 病は必ずしも罪に対する罰ではありません。ヨブは皮膚病になりましたが、
罪に対する罰ではありませんでした。医者に診てもらい、薬を飲むことが不信仰
だとも、聖書は教えていません。医者を求めたことではなく、神様に助けを求め
なかったことが悪かったのです。神様に最後まで忠実にお仕えすることの大切さ
をアサから学びます。

 習志野バプテスト教会は、一九六三年一一月三日の創立時から、聖書信仰に堅
く立ち、神様のお言葉に従い、全ての人に福音を伝えるために、日曜学校と世界
宣教を大切にしてきました。五三年間その姿勢は変わっていません。私たちの教
会が、主イエス・キリストの再臨の時まで、教会の首でいらっしゃるイエス様に
忠実にお仕えする聖徒の集まりでありますように。

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主イエス・キリストの教会

▽「 主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みは とこしえま
で。」 (詩篇一三六・一)

 一一月三日(祝)、西舞子バプテスト教会の教会創立五〇周年感謝会に出席し
ました。その時に伺い、教えられたことを皆様と分かち合います。

 ホワイト先生ご夫妻は、埼玉県で開拓伝道をするために、すでに住居の契約を
済ませ、塗装が終わるのを待っていたそうです。関東に移る前に姫路城を見よう
と、シスク宣教師の車で移動中、今の西舞子バプテスト教会がある地域を通った
そうです。大きな団地が出来るとは誰も知らなかった時だそうです。「不思議で
すが、神様はここで私たちに開拓伝道をするように導いてくださっているように
感じます」と先生が奥様に言うと、「私たちはすでに埼玉県に家を借り、敷金も
払いましたよ」と返事があったそうです。
帰りにも、そこを通ってもらったそうです。やはり、主の導きを強く感じ、埼玉県へ移動することをやめ、西舞子で開
拓伝道を始めたそうです。沢山の案内をガリ版印刷し、配布したのに、オープニ
ング集会の初日(金曜夜)は、新来者がいなかったようです。土曜日に案内を増
刷し、集会前まで配ったそうです。酔っぱらいと孫を連れたおばあちゃんが来て
くれましたが、説教の前に帰ってしまったそうです。その晩、ホワイト先生は、
「他の宣教師は上手にやっているのに、どうして私にはできないのですか」と心
の中で主に叫んだそうです。悪魔は「シスク先生とマーカム先生にはできても、
お前には教会を建てることはできない。アメリカに帰れ」と、先生を落胆させよ
うとしていたようです。しかし、その時、イエス様は「あなたには教会は建てら
れません。なぜなら、私が私の教会を建てます。あなたは、伝道の結果を気にせ
ず、私に仕えなさい」と先生の心にお語りくださったようです。すぐに、「主よ、
私はあなたに仕えます」と祈ったそうです。日曜の朝、新来者が九名、その内の
七名が信仰告白したそうです。セネガル宣教の松本弘子先生はそのお一人のよう
です。「西舞子バプテスト教会は主が始められたお働きです。この五〇年間ご自
分の教会をお守りくださり、祝福してくださった主は、これからもこの教会を豊
かに祝福してくださいます。主にお仕えしてください」というチャレンジがホワ
イト先生からありました。

 習志野バプテスト教会は一一月三日、創立五三周年を迎えました。主イエス様
がお建てくださった主の教会です(マタイ一六・一八)。ご自分の教会のために、
主は牧師をお立てになり、救われる人を増し加えてくださいました。あなたは誰
にお仕えしていますか。教会と牧師に仕えていても、教会の首であられる主イエ
ス様にお仕えする心がなければ、疲れるか、がっかりするか、何らかの理由で心
が冷え、奉仕は続きません。神様の恵みを数えつつ、喜んで主イエス様にお仕え
しましょう。「その恵みはとこしえまで」。

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