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習志野バプテスト教会の週報

時を贖え (新英語版バイブル・タイム)

 「機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。」 エペソ五・一六

 首記の御言葉についてカスター博士が説明してくださったことをよく覚えています。先生の例話です。「買い物に行くと、あなたの大好きな物を見つけます。買いたかったですが躊躇(ちゅうちょ)しました。やっぱり欲しくてもう一度お店に行くと、誰かが買ってしまい、もう無かった」というのです。そのお話を聞いた後、正にその経験をしました。ペンシルバニア州出身の私にとって、お菓子(かし)と言えばプレッツェルです。日本人は好きでないようで、日本ではなかなか売っていません。ある時、お店のレジに並んでいると、青いナビスコの箱に入ったプレッツェルが山のように積んでありました。私の足はプレッツェルの前で釘付(くぎづ)けになりました。次の瞬間、私は嬉(うれ)しくって、文字通り飛び上がりました。

 宣教師は、このように重要な物ではない、小さなものでわくわくするのです。特に、自分の国の物であれば、なおさらです。私は二箱か三箱、手に取りました。一箱だけ戻して、あとは買い物かごに入れました。アメリカの食べ物は、日本のお店に並ぶ時には、湿気っていることが多いのです。結局、私は一箱だけ買い、湿気っていなければ、また買いに来ようと決めました。一週間後、プレッツェルを買いにいきました。全部売れてしまい、一箱も残っていませんでした。その後、そのお店でプレッツェルは見ていません。

 プレッツェルを買い損(そこ)なったことは、それほど重要ではありません。しかし、人々にイエス・キリストを話し損ねることは大きなことです。個人伝道のチャンスに気付けるように、個人伝道の必要性をいつも覚えられるように、そして与えられたチャンスをいかせるように、と毎日祈っています。二〇数年前のことですが、犬の散歩をしている時に、一人の男性と知り合いになりました。それがきっかけで、その方は救われ、今天国にいます。一人の女性はバイブル・クラスに参加し、救われました。きっかけは、私がその方の二人のお子さんの名前を覚えていたからでした。「一〇年も前の出会いなのに」と感動して、お見えになったのです。最近婦人集会に忠実に出席するようになった別の婦人がいます。きっかけは、私と一緒にバス旅行に行ったときの質疑応答でした。岐阜で出会った女の子は、長い間イエス様から離れていました。

 長い間、音信不通でした。彼女は、インターネットで私の名をみつけ、交わりが再開しました。彼女はイエス様との関係を回復し、四年前から教会に出席しています。私に会いに来たいと連絡がありました。教会の働きは沢山あり、忙しいですが、数日間彼女をお迎えし、これまで持てなかった分、時を贖い(買い戻し)たいです。

 「…時宜(じぎ)にかなったことばは、いかにも麗(うるわ)しい」(箴言一五・二三)。「時宜にかなって語られることばは、銀の彫り物にはめられた金のりんごのようだ」(箴言二五・一一)。私たちの言葉によってどれほど人が慰められ、励まされるか分かりません。逆に、私たちの言葉で傷つく場合もあります。神様が私たちに知恵をお与えくださり、神様のために口を用いることができますように。そして、時を贖えるように勤勉でありますように。 (マーサ・カクラン宣教師)

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あるすばらしい日(英語バイブル・T翻訳)

 「あなたがたは、私に悪(あく)を計(はか)りましたが、神(かみ)はそれを、良(よ)いことのための計らいとなさいました。それはきょうのようにして、多(おお)くの人(ひと)々(びと)を生(い)かしておくためでした。」創世記五〇・二〇

 天国で起こっている出来事を知らずに、大きな苦しみを経(けい)験(けん)した人は誰だろうと考えると、ヨブと考えることが多いでしょう。ヤコブの人生にも、それと似(に)たことが起こりました。エジプトにいる息子ヨセフの人(じん)生(せい)に起こっている出来事を知らずにヤコブは毎日を送っていました。ヤコブは息子ヨセフは死んだ、と思っていたのです。ヤコブはヨセフの遺(い)体(たい)を見たわけではありませんでしたが、他の息子たちの言葉を信じたのでした。ヨセフが身に付けていた色とりどりの長服が血に染まっていたのを見、息子たちの言葉を信じました。ヨセフは死んだのに違いないと思ったのです。

 「もしも、ああしていれば」という考えが、次から次へと浮(う)かんできたことでしょう。「もしも、ヨセフを兄たちの所へ遣(つか)わさなければ…」。「もしも、兄たちがもっと家に近い場所にいたのなら…」。「危険な動物から身を守るために、もっとよい武器をヨセフに持たせていれば…」。色々と考えても、後(あと)の祭りでした。ヤコブには、もう、何も出来なかったのです。ヨセフは死んでしまったのですから。この地上においては、愛するヨセフに会うことができない、と思いながら毎日朝を迎えていたヤコブのことを考えてみましょう。誰もヤコブを慰めることはできませんでした。実(じつ)のところ、ヤコブは慰められることを拒(こば)んだのです。

 真(しん)実(じつ)は、ヨセフは死んでいませんでした。しかし、神様はそのことをヤコブにはすぐにお示しになりませんでした。そうすべき理由が神様にはあったのです。ヤコブとヨセフの人生において神様のご計画がありました。そして、それは、二人の人生に影響があるだけでなく、ヤコブの家族全員に、そして全エジプト人に、更(さら)にイスラエルの数(すう)世(せ)代(だい)後(ご)の人々に影響を与えるものでした。神様のご計画は、多くの人々に良い影響を与えるものであったのです。

 ヤコブはヨセフを失って、二〇年以上も何の希望もなく生きていました。ある日、素(す)晴(ば)らしいことが起こって、これまでの絶望が喜びに変えられることを想像してみてください。その前の晩、いつものように、「愛するヨセフは死んでしまったのだ」と悲しみながら床につき、そして目を覚ましました。これまでと何も変わらない普通の一日が始まりました。しかしその日、ヨセフは生きていて、パロの次の位についていて、ヤコブをエジプトに招いていると知るのです。

 あなたは今、人生の大きな困難に直面しているかもしれません。「なぜ?」とか「もしも何々であったら」という言葉が次々と出てきて、苦しんでいるかもしれません。神様はあなたが経験している苦しいことの理由を、今は、明らかにしていらっしゃらないかもしれません。ある日、ヤコブにとってすばらしい日が訪れたように、あなたに対する神様のお心が明らかにされ、その試練の目的が明らかにされる日が来ます。神様を信頼しましょう。いつでも、神様は素晴らしいお方です。善に満ちたお方です。エレミヤ二九・一一を読んでください。(マーサ・カクラン宣教師)

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セブ宣教報告(松山牧師)

 今週は、カクラン宣教師の英語バイブル・タイムの翻訳をお休みし、セブの報告をさせていただきます。

 今月三日にマンダウエ聖書バプテスト教会は、創立六〇周年を迎えました。前(ぜん)牧師(ラルフ・バラドハイ牧師)と丸山牧師の出会いは、一九八三年九月九日にさかのぼります。六〇周年記念集会にNBCの皆様を代表して出席できたことは大きな喜びです。二〇一〇年五月四日、R・バラドハイ牧師が天に召されたあと、ロヘリオ・バラドハイ先生が牧師としてご奉仕なさっています。ご夫妻のためにお祈りしましょう。

 メトロ・セブ・バプテスト・バイブル・セミナリーは、R・バラドハイ牧師と丸山牧師の祈りから始まりました。マンダウエBBCと当教会の祈りと支援、そして加えられたサポーターにより、セブの神学校は守られてきました。今年度は、一年生七名、二年生一五名、三年生八名が学んでいます。授業は午後五時半~八時半で、仕事を終えてクラスに来る学生と神学校で奉仕をしている学生(寮生)がいます。必要な授業の履修(りしゅう)に加え、在学中に一人をバプテスマまで導くこと、定められた時間の伝道実習(個別訪問、聖書の勉強会)をすること、そして卒業リサイタルでピアノ演奏(賛美一曲)をすることが卒業条件だそうです。

 二〇〇三年、私のセブでの最初の授業に出席していた兄弟は、キューバに宣教師としていく準備中だそうです。メトロ・セブ神学校の卒業生から宣教師が起こされるよう私達は祈ってきました。大きな喜びです。

 九月五日~七日まで、マンダウエBBCのミッション・ブースター大会に出席しました。毎日午前中に五~七人が説教をし、午後六時半~九時半まで再び集会がありました。今年のテーマは、「しかし、あなたがたこそ強くあってほしいのです。力を落としてはなりません。あなたがたの働きには報(むく)いが伴(ともな)っているからです」(Ⅱ歴代一五・七)でした。マンダウエBBCが派遣(はけん)している開拓伝道所の先生を中心に、五六名の牧師と二十数名の牧師夫人が出席なさいました。マンダウエBBCの教会員は、講師の送迎、出席者の食事接待、そして集会奉仕と出席のために、仕事を休んだり、抜けたりしながら、毎日集っていました。私も一度カンファランスでご奉仕をさせていただきましたが、多くの説教者を通して語られたメッセージによって、教えられ、励まされて帰ってきました。

 マンダウエ教会では、六〇周年記念集会に六〇名の新来者が与えられるように祈ったそうです。教会員数が多いとはいえ、六〇人は大きな数字です。特に一ヶ月間、主に祈り、人々をさそったそうです。フェ姉の友人も三人来会しました。結果は一〇〇名を越えたそうです。一一月三日、NBCは創立五四周年を迎えます。私たちは何人の新来者を主に祈り求めましょうか。

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