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習志野バプテスト教会の週報

ローマ人への手紙(一〇三)

 『リーダーズ・ダイジェスト』に「ザ・ヒーリング・パワー・オブ・フェイス(信仰による癒しの力)」という記事が掲載されました。東南アジアによくある癒しの宗教、日本でも世界中どこでも「これに入れば病気が治ります」という宗教と同じようなものかと思いましたが、そうではなかったのです。

米国の色いろな大学の医学研究機関の研究結果でした。一九八七~一九九五年まで米国で二万一千人に対してなされた調査でした。その結果、信仰を持つ人は信仰のない人より平均で七年間長生きしている、という内容の記事でした。「こんな時代だから、長生きしたくない。」と言わないでいただきたいです。神様のご用のために七年長く生きられるとは、良いことではありませんか。


 これは、祖父が宣教師、父親が医師、そしてご本人は三代目のクリスチャンという医学生の発表だそうです。色いろな病気の患者に接してみて、信仰を持つ人は病気に打ち勝つ力があるというのです。それは「生きよう!」「病気の苦しみを通して、神様から何かをいただこう!」「神様の目的があって、この病気で今苦しんでいるのだ。」と考え、決して諦めないため、その信仰の力によって癒されるケースが多いというのです。また、同じ信仰の友の励ましもあるからだと。


 現在、米国の医学、医科系の一二〇大学、五〇の高専学校が、世界の宗教を科目として教えているといいます。なぜでしょうか。今も医者の手当てだけではどうしようもない難病が多くあります。そういう状況にあって、信仰の力が見直されているからでしょう。


 私は一九九三年、ガンで入院した時、担当医に「私は死ぬことは怖くありません。でも、手術をする前に一日祈る時間を下さい。」と言いました。千葉大の教授であったこの医師は反対しました。「私は無神論者で神を信じていません。あなたが祈る時間をほしければ構わないが、あなたの生命を保証しません。」と。


 しかし、神様は私のガンを薬も手術もなしで、全部きれいに消して下さったのです。この医師は「私は神様を信じていないけれど、あなたの神様には負けました。」と言って最敬礼をされました。大抵のガン患者は五年間、その潜伏期間あるいは増幅期間として要注意なのだそうです。

私は一〇年以上、ガンの転移がありません。むしろ、神様に祈って癒されたその時から、それまでいつも苦しんでいたひどい偏頭痛やストレス性の胃炎、胃潰瘍から解放されたのです。神様が下さる癒しは本当に素晴らしいです。それは、復活のイエス・キリストの力なのです。私たちは復活の主によって、永遠の生命をいただいているのです。そしてまた、地上にあって神様の御心を日々行っていく、という生きる目的が与えられているのです。(続く)

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ローマ人への手紙(一〇二) 

 私たちは、イエス様を信じて救われた時から、小さなことでも何か悪いことをすると当然心が痛みます。それは聖霊が「悪いことから早く遠ざかりなさい」と示していらっしゃるのです。私たちは罪に対して、もっと敏感にならないといけません。なぜならば、私たちは罪を行うために救われたのではないからです。

「ですから、あなたがたの死ぬべきからだを罪に支配させて、からだの欲望に従ってはいけません。また、あなたがたの手足を不義の道具として罪に献げてはいけません。むしろ、死者の中から生かされた者としてあなたがた自身を神に献げ、また、あなたがたの手足を義の道具として神に献げなさい」(ローマ六・一二~一三)。


 ここで使徒パウロは、はっきりとこのことを言っています。「あなたは誰に仕えているのか。あなたの主人は一人しかいないはずだ」と。イエス様を信じた者にとって、イエス・キリストこそ私の救い主、私のマスターであり、主なのです。


 「ジキルとハイド」という有名な話をご存じでしょう。「ジキルとハイド」の「ハイド」は隠す、隠れるという英語です。ジキル博士は、見た目には非常に立派な学者、あるいは医者であるかもしれません。けれども、ハイド(隠れている部分)は、恐ろしい罪の権化みたいなものです。


 イエス様の聖さと、悪魔の罪深さとが同居することができるでしょうか。イエス様を信じた時には、絶対それは成り立ちません。なぜならば、あなたの力でも私の力でもなく、神様ご自身の聖霊の働きによってあなたの心の中に戦いが起こってきます。そして、もし、悪の力が強くなれば、聖霊の導く行為を押さえてしまい、あっという間に、体にその結果が出てきます。

ある種の恐怖症、不安症となってあらわれ、あるいは手足がしびれてきたり、心臓の鼓動が速くなるとか、様々な病気としてあらわれることがあるとカウンセラーは言います。


 私は決して、全ての病気が罪の結果、と言っているのではありません。しかし、心の中で聖霊の働きと悪の力とが、拮抗してぶつかり合うと、人間の体は機能を停止して、体のあちこちに故障が出てきます。


 アメリカの有名な『ニューズ・ウィーク』によると、ある年、日本での交通事故で亡くなった人は、一万人いたそうです。そして、会社の中堅職、政府の役員職の三〇代から四五才までの人のうち、一年間で三万人が自死をしました。政府の役人、公務員、学校の先生、会社経営者、中堅職にある人などが精神的に圧迫されて亡くなった、と。交通事故で一万人ですが、それをはるかに超えて三万人もの人が自死していたのです。

どれほど今、日本の社会が苦しみにあえいでいるかという証拠だと思います。これまた、神を無視した国のもたらした結果なのです。(続く)

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ローマ人への手紙(一〇一)

 貧しい国の子どもたちは「キャンディーを一個買ってくれ。」と言って商売をしています。家に帰ると親が病気で寝ていて、「今日はいくら稼いだ」と全額取りあげられ、そして「また行ってこい。」と言われます。彼らは鵜飼いの「鵜」みたいに働いて、収入は全部親に吸い上げられています。なぜでしょうか。パソコンやゲームのためではなく、食べるために彼らは働くのです。学校にも行っていません。


 日本の子どもたちはどうでしょう。小学生の時代から、携帯電話片手にパソコンで遊んでいます。ムダが多いのではないでしょうか。あなたの子どもが悪いのではなく、あなたが悪いのです。あなたが子どもを甘やかしているからいけないのです。小学生や中学生に携帯電話が本当に必要でしょうか。必要な人は少ないのでは?


 私は長い間、携帯電話を持っていなかったのですが生活できました。大切な連絡事項があれば、親が何時にどこそこにいるからそこへ連絡しなさい、とか、伝えることをメモにしておけばいいのです。遊びに使っている携帯電話代はどうしているのでしょうか。本当に携帯電話がなければ生活できない人はここに何人いるでしょうか。それよりもむしろ、もっと神様に心を注いで、親としての責任を果していただきたいと思います。


 若い人たちは、アルバイト代で自分の月謝を払っているでしょうか。親に生活費を入れていますか。自分のバイト代で教科書や参考書を買っていますか。何に使っているのでしょうか。日本でも唖然としますが、外国ではもっと唖然とします。一番携帯電話が発達しているのは、東南アジア、貧しい国であるとか。


 パソコンを使っている人たちはどうでしょう。アメリカでは、政府の高官が自分の事務室で勤務時間中に、パソコンを使って性的に不道徳なものを見ていたことが大変問題になったりしました。


「罪の報酬(ほうしゅう)は死です。しかし神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」ローマ書六章二三節


 私たちはどこを見ても、罪の世界だということがよく分かります。そして、罪のもたらす結果は、死です。私たちクリスチャンはもっと罪に対して敏感になるべきです。鈍感であってはいけません。「皆がやっているから。」「今の時代は当たり前だから。」と思っていないでしょうか。(続く)

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ローマ人への手紙(一〇〇)

 バプテスマを受け、救いの戸籍に入ると嬉しいだけではなく、教会という神様の家族に加わって、教会員として神様の家族の一員として特権を神様からいただき、同時に喜びを持って人々に証(あかし)が出来るようになるのです。


 教会員は、みな誰もが同じ一票の権限を与えられます。神様は各地方教会の独自の自治、宣教活動を願っていらっしゃいます。当教会では、忠実な教会生活をしていなければ、その人は教会の運営や伝道活動の積極的な面で教会の全てに議決する権限を持たないと考えます。

当教会の規則の中では、三ヶ月以上の無断欠席(海外とか地方教会に通っている人たちではなく)、つまり教会に通える状態にありながら教会の礼拝を守ろうとしない人たち、また神様の伝道活動を支えるためにそれぞれの責任、神様に対する什一献金(収入の十分の一を神様にお捧げする)などの捧げものを怠(おこた)る人は、教会における議決権を一時停止をすることがあります。


 もし、皆さんの中に、三ヶ月以上、神様に対する什分の一献金を怠っている人がいるならば、どうか今日の学びで悔い改め、ここからスタートしてほしいです。何も「二年前、三年前に遡って全部の献金をささげて下さい」と言っているのではありません。過去のことは神様に「過去のことをお赦し下さい、ごめんなさい。」と言って、今日からその什一献金を再出発していただきたいです。


 「私は働いていない、収入がないから什一献金はできない。」という人も、食べたり買ったりするでしょう。少しでも知恵を働かせて、まず神様におささげすることを覚えていただきたいです。子供でも、お小遣いをもらうでしょう。床屋へ行く、あるいはちょっとした化粧品を買うお金の中から、わずかであってもささげていただきたいのです。金額の多い少ないの問題ではなく、神様に救われている喜びをあらわしていくこと、神様に従っていこうとする姿勢が大事なのです。


 牧師は、毎月誰がいくら献金しているかを見ていません。神様があなたに語って下さるように、と願うからです。牧師は誰が教会責務を怠っているかも調べません。けれども、神様はあなたの心を見ていらっしゃいます。神様への感謝と従う気持ちは、当然あなたの生活に現れてきます。


 今の時代、多くの親は子供を甘やかしすぎているようです。中学生・高校生がアルバイトをする理由は何でしょうか。家計が苦しいから働いて家計の足しにしているのでしょうか。ぜひ、「神様を第一とする喜び」を知ってほしいです。アルバイトも収入の一形態です。ささげものを第一に考えましょう。神様は必ず祝福してくださいます。(続く)
◎暗誦聖句 Ⅰテサロニケ五・一八(表題下の聖句)

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