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習志野バプテスト教会の週報

◆ 聖書が示す、聖書を学ぶ理由(6)

    ▽「私の舌はあなたの
      みことばを歌うように
      してください。あなたの
      仰せはことごとく
      正しいから。」
     (詩篇一一九・一七二)
         


   ステュワート・カスター博士がお書きになった "Tools for preaching and teaching the Bible"(聖書を説教し、教えるために必要な道具) という本からの続き。    

 信者が世に答えうる最もよい答えは、自分が希望をおいているみ言葉である。監督の資格のひとつは「よく教える」ことである(Ⅰテモテ三・二)。そして教えるべきことは神様の御言葉であることは明白である。    

 信者が希望をもち、大切に心に抱(いだ)いている祝福に満ちた御言葉の真理を他の人に分かちあうこと以上に他の人への祝福となることはない。人びとに信仰を分かち合えることは特権である。信者はみな和解の務めを委ねられ、キリストの大使である(Ⅱコリント五・一八~二〇)。他の人に祝福を分かちあうことは信者自身の祝福が減ることではない。なぜなら、信者の祝福は流れる小川のようなものだから。    

 他の人に祝福をもたらす時ほどクリスチャンとして強くなる時はないのである。祈りつつ御言葉を毎日学ぶことは説教者にだけ必要とされるのではない。全ての新生(しんせい)したクリスチャンが豊かな霊的祝福を得るために必要なのである。信者は、時間を無駄(むだ)にさせる色々な誘惑に囲まれている。また、数多くの異端や新興宗教の間違った教えに取り囲まれている。この世の活動や間違った習慣に呑(の)みこまれないためにも、神様のみ言葉を毎日学ぶことが必要である。    

 今日ほど、神様と交わり、神のみ言葉を黙想する静かな時間が必要とされる時はない。信者は日毎にみ言葉を黙想し、そのみ言葉の内にある神様の御心をお示し下さるように、そしてその日に必要な祝福と力をお与えくださるように祈るべきである。    

 聖書には、み言葉を学ぼうとする人に大変参考になる例が多く記されている。モーセは、将来イスラエルに民を治める王が誕生するならば、その王は聖書をよく学ばなければならないと、厳しく命じた。    

 〝彼がその王国の王座に着くようになったなら、レビ人の祭司たちの前のものから、自分のために、このみおしえを書き写して、 自分の手もとに置き、一生の間、これを読まなければならない。それは、彼の神、主を恐れ、このみおしえのすべてのことばとこれらのおきてとを守り行なうことを学ぶためである 〟(申命記一七・一八~一九)。    

 私たちも、一人一人自分の聖書を手元(てもと)にもち、生涯み言葉を学ばなければならないことは同じである。(続)    

☆ 聖書が示す「聖書を学ぶべき理由」を七つあげられますか。週報を読み返しながら、確認してみましょう。    

  ◎ 暗誦聖句  ヘブル書一章二節前半
この末(すえ)の世(よ)には御(み)子(こ)によりて、我(われ)らに語(かた)り給(たま)へり。〟

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