FC2ブログ

習志野バプテスト教会の週報

◆ 教会創立四九周年にあたって(2)

  ▽「…心を一つにして
    福音の信仰のために、
    ともに奮闘」(ピリピ一・二七)
    し続けよう! 

         


  〝あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません〟 
      マタイ伝一六章一八節    

 前回は、イエス・キリストが教会をお建てになることを学んだ。イエス様は、クリスチャンが宣教するご自身の福音を通して、教会をお建てになる。これからも習志野バプテスト教会が、福音をまっすぐに、人々に語りつづける教会であるように祈り求めよう。    

 〝ハデスの門もそれには打ち勝てません〟という聖句を「ハデスの門は教会を飲み込むことは出来ない」とイメージする人が多いようだが、それは正しくない。カスター博士は、「門は固定されていて動くことはない。イエス様が教えていらっしゃることは、教会が福音宣教をし、悪魔の支配下にある人をキリストのもとに勝ち取ろうとする時に、ハデスの門は強い力を持ってはいないということだ。キリストがハデスの門を粉砕して、キリストから与えられる救いによって多くの人々が死の恐怖から解放されるのだ」と説明している。   

 教会が、熱心にイエス様の福音を宣教すると、悪魔は激しく妨害をしてくる。しかし、首記の聖句は、私たちの主イエス様は、悪魔よりもはるかに強いお方であり、ハデスの門を完全に破壊する力をもったお方であると教えている。〝私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です〟(ロマ一・一六)とパウロは証している。    

 教会は、世と罪深い事柄(ことがら)とから召し出されて、主に属している人々の集まりである。教会のかしら(リーダー)は、イエス様である(エペソ五・二三)。私たち一人一人は、キリストのからだである(エペソ一・二三)。「キリストのからだ」と言うとき、体は一つであることを覚えよう。パウロはⅠコリント一二章でこの「一つのからだ」を強調している。    

 ロマ書一二章でも、「大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです」(五節)とパウロは教えている。それぞれの器官が、かしらでいらっしゃるイエス様にしたがう教会でありたい。それぞれの器官が、自分のことを主張せず、イエス・キリストの心を心として、からだ全体のことを考えるならば、教会はイエス様の御栄光を世に示すことができる。今回のコンサートも教会員の祈りと奉仕によってやり遂げることが出来た。かしらでいらっしゃるイエス様を誉(ほ)め讃(たた)えよう。    

  ◎ 暗誦聖句 マタイ伝八章一三節
〝『ゆけ、汝(なんじ)の信(しん)ずるごとく汝(なんじ)になれ』〝

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する