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習志野バプテスト教会の週報

◆ 幸いな人生の秘訣

   ▽「主にあって、
     その大能の力によって
     強められなさい。」
        (エペソ六・一〇)
         


  〝 ヒゼキヤは二十五歳で王となり、エルサレムで二十九年間、王であった。… 〟
  Ⅱ歴代誌二九章一節    

 ヒゼキヤは、南王国ユダの王として二九年間仕えた。一日、一日、神様により頼みながら歩んだ結果である。ヒゼキヤは、「すべて祖父ダビデが行ったとおりに、主の目の前にかなうことを行った」(二節)と記されている。私たちがこの地上の生活を終える時、どのように記されるであろう。ヒゼキヤのようには記されえないが、「彼は弱く、救われた後も、失敗や罪を多く犯したが、その度に罪を悔い改め、赦しを求めたので、私が彼を赦し、助け、支えた」とのお言葉をいただけたら、と願う。    

 ヒゼキヤが王となったとき、ユダ王国には問題が山積みであった。父アハズの治世には、神を捨てた罪の故に、混乱が極(きわ)まった。北王国(ペカ)が、ユダを攻め、一日で一二万の勇士が殺され、二〇万の婦女子が捕虜(ほりょ)として連れ去られた。アハズは、神様に罪を悔い改め、神様に助けを求めるチャンスが幾度(いくど)とあったのに、アハズはアッシリヤに助けを求めた。その結果、アッシリヤがユダを苦しめることになった。まさに、このような時に、ヒゼキヤは王となった。しかし、ヒゼキヤは目の前の問題ではなく、まず神様の宮を整えることに全力を注いだ。全ての問題が、神様に対する自分たちの罪(不信、背信)によると見抜いていたのである。    

 私たちは問題に直面すると、その原因を省(かえり)みずに問題を解決することだけに心が奪(うば)われてしまうことが多い。症状だけを改善して、病気を根治(こんち)せずに放(ほお)っておくようなものである。ヒゼキヤ王にならおう。まず、神様の御前に自分自身を整え、自分の祭壇を整えるべきである。神様との関係が修復され、神様のみ心の内を歩むなら、神様が問題を解決してくださる。今日一日、神様により頼んで生きていこう。そして、また明日も。    

 ヒゼキヤの治世第四年、アッシリヤが北王国を攻撃し、サマリヤを包囲した。三年後に、北王国は完全に滅ぼされた。第一四年に、アッシリヤは南王国を攻めてきた。神様を見上げていても、困難に直面するのか、とがっかりしてはいけない。神様は、どんな時でも、必要な助けを必ずお与えくださる。私たちは一人ではない。神様が共にいらっしゃるのだ。    

 パウロはテモテに「信仰と正しい良心を保ち、勇敢に戦い抜く」(Ⅰテモテ一・一八)ようにと励ました。信仰の戦いは、激しく、長期戦である。ヒゼキヤ王は二九年間、王として神様に仕え続けた。その秘訣は、神様にいつもより頼んで生きることである。今日一日、神様を見上げて、神様のためにベストを尽くそう。神様により頼む人は、日毎にみ言葉を学び、祈り、聖霊の導きと、神様との交わりを切望(せつぼう)する人である。    

   

  ◎ 暗誦聖句  ルカ一一章三節
〝我らの日用の糧を日毎に與へ給へ。 〟

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