FC2ブログ

習志野バプテスト教会の週報

◆ なぜ疑うのか

   ▽「イエス・キリストに
     信頼する者は、失望させられる
     ことがない。」
    (ロマ一〇・一一)
         


  〝というのも、私たちの父たちが不信(ふしん)の罪を犯し、…〟
        Ⅱ歴代誌二九章六節    

 私たちは時にウソをついてしまうことがある。それにもかかわらず、他人に信じてもらえない時、悲しく辛(つら)い思いをする。つねに真理(しんり)をお語りになる神様を信じない人間は、どれほど神様を悲しめているのだろう。逆に、神様のお言葉を額面(がくめん)通りに信じて、神様によりたのむ人をどれほど神様は喜ばれることだろう。    

〝信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。 〟       ヘブル一一章六節    

 病気や介護で思うように奉仕が出来なくても、献金が出来なくてもがっかりしてはいけない。神様のお約束を信じて、神様によりたのんで生きているならば、神様はあなたの信仰をご覧になり、喜んでくださるのだ。    

 あなたは、神様のお言葉を額面通りに信じ、神様によりたのんで生活しているだろうか。「神様は生きておられる。御子イエス様の身代りの死によって私をお救い下さった神様は、私の求めに必ずお答え下さる」という信仰がなければ、立派なことをしていても、神様は決して喜ばれない。    

 私たちは神様を信じ、神様を否定することはない。しかし、人生に試練が襲(おそ)ってくる時、「神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」(Ⅰコリント一〇・一三)というお約束を額面通りに信じることが出来ない時がある。ご自分の命をお捨てになるほど私たちを愛してくださった方を思い出そう。私たちと共にお住まいになる助け主(聖霊)は、イエス・キリストのお言葉を思い出させてくださる。静まって神様のお約束を黙想(もくそう)しよう。    

 イエス様のお言葉を信じて水の上を歩き出したペテロは、主から目をそらした瞬間(しゅんかん)に風を見、おそれて沈(しず)みかけた。「主よ。助けてください」と叫ぶと、イエス様はペテロを助けられ「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」と言われた。イエス様から目を離すことがないように、神様のみ言葉をいつも口ずさもう。神様が下さっている他の多くの約束を教えていただこう。人生の嵐に、心が乱(みだ)される時、イエス様のお言葉を思い出そう。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」この言葉には「私を信じなさい。そうすれば大丈夫だ。」という意味が込められている。イエス様を信頼しよう。    

   

  ◎ 暗誦聖句  ヨハネ伝六章三八節前半
〝夫(それ)わが天(てん)より降(くだ)りしは、我が(わ)意(こころ)をなさん爲(ため)にあらず、〟

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する