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習志野バプテスト教会の週報

◆ 優 先 順 位

         ▽「神の国とその義とを
         まず第一に求めなさい。」
         (マタイ伝六・三三)          


  〝ただ、主を恐れ、心を尽(つ)くし、誠意をもって主に仕(つか)えなさい。主がどれほど偉大(いだい)なことをあなたがたになさったかを見分(みわ)けなさい。〟Ⅰサムエル一二章二四節    

イスラエルの民は、王であられる神様を捨てて、他の国のような王を求めた。首記の聖句は、預言者サムエルがそうした民に告げた言葉である。    

 〝…神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。〟(伝道一二・一三)でも教えられている通り、主を恐れる心がすべてに優先(ゆうせん)する。主がおられること、全(すべ)てをご覧(らん)になっていることを、いつも意識(いしき)している人の心である。    

 主を知る人は、主の聖(きよ)さと自分の罪深さを知り、私のような罪人をお赦(ゆる)しくださる主の大きな愛を知る。故(ゆえ)に、主を恐れる人は、喜んで主に仕え、従いたいと願う。いつも主を恐れ、主の大きなお力に依(よ)り頼(たの)んで生(い)きていくために、主がしてくださった素(す)晴(ば)らしいみ業(わざ)を心にとどめることが必要(ひつよう)である。    

 ヒゼキヤ王は、主が共におられ、主に依り頼むならば必(かなら)ず助けてくださることを知っていた。「これほどまでに素(す)晴(ば)らしい主に対して、罪(つみ)を犯(おか)すことはおそろしいことである。主に喜ばれることをしたい」というのがヒゼキヤ王の心であった。    

 そのヒゼキヤが王になって最初にしたことは、主の宮の戸を開いたことであった。父アハズが閉(と)じた神殿(しんでん)の戸を開き、自分だけではなく、民が主に礼拝をささげられるようにした。ヒゼキヤ王にはしなければならないことが沢山(たくさん)あった。しかし、彼は、主を礼拝するということを第一のこととした。    

 私たちにもしなければならないことが沢山ある。一日の初めに、神様からみ言葉をいただきき、必要な助けと導きを求めよう。祝福に満ちた一日となるはずだ。自分の願いとは全く違(ちが)う、辛(つら)い日であるかもしれないが、ロマ書八章二八節のお約束の通り、私たちに必要な訓練のはずである。    

 先週、マッゴウワン宣教師を通して、神様はご自分の僕の状態をご存じで、必要を満たしてくださる、と学んだ。神様は、いろいろなことを通して私たちの信仰を強めてくださる。信仰が強められることは、私たちにとって大きな必要である。    

 週の最初の日(日曜日)の過(す)ごし方、優先(ゆうせん)順位(じゅんい)はどうであろう。審判者(しんぱんしゃ)は牧師ではなく、神様であられる。家族(かぞく)の介護(かいご)、病気、どうしても休(やす)めない仕事などで、出席したいのに礼拝(れいはい)を休まざるを得(え)ない方の心の苦しみを、主は御存知(ごぞんじ)である。魂(たましい)と肉体の必要を神様に求(もと)めよう。礼拝に出席できる人は、心からの礼拝をおささげしよう。    

 優先順位を正(ただ)しく持(も)てるように、神様に祈(いの)ろう。神様を第一に考(かんが)えて生活をしよう(マタイ六・三三)。ヒゼキヤ王は、神様への礼拝(神様との関係)を最優先にした。    

  

  ◎ 暗誦聖句 詩篇六五篇二節前半
〝祈(いのり)をききたもうものよ(諸人(もろびと)こぞりて汝(なんじ)にきたらん) 〟

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