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習志野バプテスト教会の週報

◆ 神様は生けるお方

         ▽神様の御栄光が
         あらわされるために、
         神様から大きなことを
         期待しよう。          


  〝彼(ヒゼキヤ王)はすべて父祖(ふそ)ダビデが行なったとおり に、主の目にかなうことを行った。〟Ⅱ歴代二九章二節    

 ヨハネ伝四・二四に「神は霊です」と記されているように、私たちは今、神様を目で見ることはできない。しかし、顔と顔を合わせてキリストにお会いする日がくると約束されている(Ⅰヨハネ三・二)。   

 私たちは神様を目で見ることが出来ないが、神様は私たちに目をお与えくださった方であり、私たちをご覧になる。悪者は「主は見ることはない。ヤコブの神は気づかない。」(詩篇九四・七)と言って、不法を行うが、彼らは窮地に立たされる時、誰に、何に、頼るのだろう。    

 神様を信じる者は、「目を作られた方がご覧にならないだろうか(いや、ご覧になる)。…まことに、主は、ご自分の民を見放さず、ご自分の民をお見捨てになりません。」(詩篇九四・九、一四)と確信しているため、危機場面でも、平安で満たされる。    

 誘惑(ゆうわく)にあう時も、すばらしい神様が共におられることを知っている故に、ヨセフのように、「どうして、そのような大きな悪事をして、私は神に罪を犯すことができましょうか。」 と、正しいことを行う力が与えられる。私たちを日々見守っていてくだる主に対して、いつも正しいことを行えるように祈ろう。    

 神様は、私たちをご覧になるだけでなく、私たちの祈りをお聞きくださるお方である(詩篇六五・二)。私たちが信じている神様は、昔も今も生けるお方である。 〝主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださる〟(Ⅱ歴代一六・九)。    

 ヒゼキヤ王は、神様のお心を自分の心とし、へりくだって神様に寄り頼んだ。ヒゼキヤ王をお用いになった神様は、あなたを通しても、ご自身の大きなお力をあらわしてくださる。主の目にかなう生き方をするためには、主のお心を知らなければならない。日々に、聖書を学ぶ決心をしよう。あなたの生活は、主に喜ばれるものに必ず変わっていく。    

 私たちはいずれ、この地上の生涯を終え、神様の御前にでる。愛する神様に対して罪を犯すことを恐れて生きる人は幸いである。〝私をさばく方は主〟(Ⅰコリント四・四)である。主は、闇(やみ)の中に隠(かく)れた事も明るみに出し、心の中の謀(はかりごと)も明らかにされる。神様の御前に出る準備が出来ていないならば、神様に罪を悔い改めて、罪の赦(ゆる)しをいただこう。    

 イエス・キリストの十字架上の死は正にあなたのためであった。イエス様の愛を知り、救われた者は、主にお会いする日を望んで生きよう。    

   

  ◎ 暗誦聖句  テモテ前書六章一七節 後半
〝(唯(ただ))われらを樂(たの)しませんとて萬(よろず)の物(もの)を豐(ゆたか)に賜(たも)う神(かみ)に依(より)頼(たの)み、〟

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