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習志野バプテスト教会の週報

◆ イエス・キリストの救い

   ▽「神は、すべての人が救われて、
     真理を知るようになるのを望んで
     おられます。」
         


  〝「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来 られた。」ということばは、まことであり、そのまま 受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしら です。 しかし、そのような私があわれみを受けたのは、 イエス・キリストが、今後彼を信じて永遠のいのちを 得ようとしている人々の見本にしようと、まず私に対 してこの上ない寛容を示してくださったからです。〟
     テモテ前書一章一五、一六節

  「私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者」(テモテ前書一・一三)であり、罪人のかしら(第一級の重罪を犯した者)でした、とパウロは告白している。イエス様は、罪人を救うためにこの世に来られた、とは驚くべきことであり、私たち罪人にとってはこれ以上にない幸いな知らせである。首記の聖句は、罪が赦されるために必要なことは以下のことであると教える。

一、自分の罪を正直に認め、自分自身では罪の問題をど うすることも出来ないことを認めること。

二、神様の憐れみにより頼み、神様がお与えくださった 救いの方法に従うこと。すなわち、私たちのために苦しみをお受けくださり、十字架の上で死んで下さった イエス・キリストを「私の救い主」と信じること。

 聖書は神様のお言葉である。この聖書が、〝「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。〟と記しているのだ。受け入れよう。神様は、憐れみに富んだお方でいらっしゃり、罪を悔い改める者に対しては「あなたの罪は重すぎるので、救えません。」とはおっしゃらない。  

「こんな大きな罪を犯した自分は、救われるはずがない。罪がゆるされるはずがない。」と絶望している人がいるならば、パウロの救いを考えよう。クリスチャンを縛り、暴力を加えるほどの激しい迫害をしたパウロであったが、イエス・キリストは彼をもお救いくださった。パウロは「罪人のかしらである私が救われたのだから、救われることができない人は、いない」と証している。イエス様ご自身が、そのことの証明としてパウロを「見本」になさったのだ。

  イエス様の十字架上での身代わりの死を信じる者は、神様を無視する傲慢で自己中心の罪の性質、およびこれまでの全ての罪をゆるされる。罪を完全におゆるしくださる神様は、キリストを信じる者をご自分の子どもとしてくださり、永遠の生命と一切の霊的祝福をお与えくださる。イエス・キリストをあなたの救い主と信じよう。

  クリスチャンはこのすばらしい福音を出来るだけ多くの人に証しよう。今週、あなたにとって一番大切な人の救いのために特に祈り、証が出来るように祈ろう。

 

  ◎ 暗誦聖句 テサロニケ前書五章一七節
 ”絶(た)えず祈(いの)れ”

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