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習志野バプテスト教会の週報

◆ 神をおそれよ(5)

   ▽「たとい、死の陰の谷を
     歩くことがあっても、
     私はわざわいを恐れません。
     あなたが私とともにおられます
     から。」(詩篇二三・四)
               


  二月に入った。今年の目標は守られているだろうか。守れているなら、主に感謝をしよう。目標を忘れていたなら、今日から再スタート出来るように主に祈ろう。

  先週の礼拝でロン・ホワイト博士を通していただいた神様のみ言葉を思い起こそう。「私のいのちの日の限り」というテーマで詩篇二三篇六節がテキストであった。

一、この地上での人生は短い

   〝私たちの齢(よわい)は七十年。健(すこ)やかであっても八十年。 しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。 それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。…そ れゆえ、私たちに自分の日を正しく数えることを教え てください。そうして私たちに知恵の心を得させてく ださい。〟(詩篇九〇・一〇、一二)

    誕生日に、私は「もう七〇だ」と言ったが、神様は 「あなたは二五四〇六だ」と仰(おっしゃ)った。私たちは  「年」で数えるが、神様は「日」で数えられる。人生 は短いので、一日一日をムダにしてはいけない(伝道 の書一二・一、エペソ書五・一六参照)。

    たった一度の人生、しかもすぐに終わりがくる。キ リストのためにしたことだけが永遠にのこる。

二、地上での人生には限りがある(詩篇三九・四~五)

    「主よ教えてください」と祈ろう。①私の終わり、 私の齢がどれだけなのか。②私がどんなにはかないか。 ③私の一生は全くむなしいことを。ヨブ記一四・一、 五にも「私の日数は限られている」「私の日数は困難 で満ちる」「私の日は終わりを迎えようとしている」 とある。この地上の人生には限り(終わり)がある。 この地上に生を受けた時から息を引き取るまで、長さ よりも、どのように生きたかが重要である。

三、この地上での人生は祝福である

    主が私の羊飼いでいらっしゃるので、私は乏(とぼ)しい ことがない。しかし、全ての人が羊飼いをもっている のではない(マタイ伝九・三六)。神様の慈(いつく)しみと 恵みは私たちから離れることがない。このすばらしさを 経験しているならば、「私のいのちの日の限り…私は、 いつまでも、主の家に住まいましょう。」(詩篇二三 ・六)は私たちの強い願いになる。この地上の生命は 始まりがあり、終わりがある。永遠の生命は始まりが あるが、終わりはない。主イエス様にお仕えできる今、 愛する主のために、精一杯生きよう。証(あかし)をしよう。

     (ロン・ホワイト博士、礼拝説教要旨)

☆主を信頼する(恐れる)人は死をも恐れない。(続く)

 

  ◎ 暗誦聖句 コリント前書四篇四節後半
〝我(われ)を審(さば)きたまふ者(もの)は主(しゅ)なり。〟

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