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習志野バプテスト教会の週報

◆ 神をおそれよ(2)

   ▽主を恐れる人は、だれか。
    主はその人に選ぶべき道を
    教えられる。(詩篇二五・一二)


  〝あなたのことばを、あなたのしもべに果たし、  あなたを恐れるようにしてください。〟
         詩篇一一九篇三八節

   神様を恐れることを学ぶ目的は、知識を得るためではなく、神様を正しく恐れるためである。「あなたを恐れるようにしてください」と私たちも祈ることから始めよう。神様はお喜びくださり、その祈りにお答えくださる。神様を恐れるものと私たちはかえられるであろう。

   「神様を恐れるようになるために、あなたのことばを、あなたのしもべにはたしてください」と詩篇記者は祈っている。神様のお言葉はすべて、その通りになるということを知るならば、私たちは神様を正しく恐れることができるということだ。「神様を恐れる人は、神様のお言葉は必ずその通りになると信じている」とも言えよう。

   神様のお言葉は絶対にその通りになる、と信じていたので、「自分自身が、神様のみ言葉に背(そむ)くことがありませんように」と祈っている(詩篇一一九・一〇)。私たちは、神様のお言葉に従って生きる決意をもっているだろうか。「神様は、み言葉に従わない高ぶった者、のろわるべき者をお叱りになる」ことを確信しているだろうか(詩篇一一九・二一)。

   神様を恐れる人は、神様に叱(しか)られることを恐れて、神様から遠ざかる人ではない。神様は、

 〝正しい審判者、日々、怒る(宣告を下す)神〟
 (詩篇七・一一)

でいらっしゃるので、罪の中に生き、悪を平気で行う人は神様の裁きを恐れるべきである。しかし、イエス・キリストの身代わりの死によってすでに罪の罰から救われている私たちは、

〝私のたましいは、いつもあなたのさばきを慕(した)い、砕(くだ)かれています。〟
  (詩篇一一九・二〇)

と言えるのだ。神様を正しく恐れる人は、愛に満ちた、恵み深い神様のもとにさらに近づきたいと願う者である。私たちは、神様を慕い求めているだろうか。神様の裁きを慕っているだろうか。み言葉に従って、神様のみ心の内を生きる決心をしているだろうか。

  私たちは神様のしもべであろうか。神様のみ心のために仕えることを喜んでいるだろうか。自己主張の多い、心がまだ砕かれていない者だろうか。「イエス・キリストのしもべ」と称したパウロは、キリスト・イエスの心を自分の心とした。神様を恐れる人は、

  「あなたのみこころをおこなうことを教えてください。あなたこそ私の神であられますから」
(詩篇一四三・一〇)

  と祈る人でもある。神様を恐れる者になりたい。祈ろう。(続く)

 

  ◎ 暗誦聖句 詩篇五〇篇一五節
〝なやみの日(ひ)にわれをよべ、我(われ)なんぢを援(たす)けん。而(しか)してなんぢ我をあがむべし〟

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