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習志野バプテスト教会の週報

◆ ロマ書の学び(384)

         ▽ み言葉に生きる


  〝プリスカとアクラとに安否(あんぴ)を問(と)へ、彼(かれ)らはキリスト・イエスに在(あ)る我(わ)が同勞者(どうろうしや)にして、わが生命(いのち)のために己(おのれ)の首(くび)をも惜(お)しまざりき。〟
 ロマ書一六章三~四節

  パウロの第二次伝道旅行の時、アクラとプリスカにコリントで出会ったことが使徒行伝一八章で見ることができる。もともとこの夫婦はローマに住んでいた。ローマの皇帝クラウディウス(=クラウデオ)(使徒一一章二八節)がローマ市内からユダヤ人を追放したため、彼らはローマを去ってこちらに移り住んだらしい。後にアクラとプリスカはパウロと同行し、エペソに居(きよ)を構えてパウロの伝道活動をお手伝いしたと言われている。

  さらに、この夫婦について考えてみたい。使徒行伝一八章二四節から二六節を見ていただきたい。雄弁なアポロの話のあと、アポロを脇に導いて使徒パウロから学んだ聖書の教えを二人がしっかりとアポロに説いていく。通常ならば能弁なアポロに対して、信者二人で奥行きの深い神様の御言葉を説き明かすというのは出来ないことであろう。しかし、この夫婦の敬虔な態度、信仰の厚い実践的な証というものがアポロの心を低くし、心を開いて神様の御言葉をしっかり学ぶという二人の人格的な影響がにじんでいたのだと思う。

  また、コリント前書一六章一九節を見ると、エペソにおいて彼らは自分の家を開放してイエス様を褒(ほ)めたたえる集会を持っていたということが分かる。使徒パウロは、ロマ書一六章三節において「イエス・キリストによる私の助け手」と呼んでいる。これは大変素晴らしい言葉だと思う。アクラとプリスカの夫婦は本当の意味でパウロの伝道の良き働き手、助け手であり、共同の作業にあたる戦友であったことがわかる。

  信仰生活において一人の戦いは大変厳しい。けれども、脇に誰かがいるということは大変大きな励ましになってくる。出エジプト記を見ると、あのモーセが敵に対して戦いをした時、両手を挙げた。手が疲れてきた時、その手をアロンとフルの二人が両方から支えた。モーセの手が下がるとイスラエルの大軍が負け、モーセの手が挙がるとイスラエルは勝利を収めた。同じように、パウロの伝道生活においてパウロが疲れてきた時、アクラとプリスカがしっかりとパウロを支えたのである。(続く)

 

  ◎ 暗誦聖句 詩篇七七篇二節前半
〝 わが なやみの日に われ 主を たづねまつれり。〟

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