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習志野バプテスト教会の週報

◆ ロマ書の学び(360)

         ▽ み言葉に生きる


  〝われ汝(なんじ)らに到(いた)るときは、キリストの満(み)ち足(た)れる祝福をもて到(いた)らんことを知る。〟 ロマ書一五章二九節

  「この宗教を信じるならばあなたには、必ず功徳(くどく)があります。」「御利益(ごりやく)があります。」というように、日本では多くの宗教が功徳ということを言う。

  では、イエス様を信じる人たちに、一般的にいう御利益や功徳というものがあるのか。もちろんこれらの宗教的な色彩を持つ言葉自体、教会では使わない言葉だが、私たちは神様から祝福をいただくことができる、と聖書を通して学ぶことができる。イエス・キリストを救い主として信じる人たちは、神様から計(はか)り知れない多くの祝福をいただくことができる。

  皆さんは神様から与(あた)えられた頭脳(ずのう)をどれくらい使っているだろうか。何%ぐらい脳の働きを活(い)かしているだろうか。ある説では人間はたった三%しか脳を使っていないという。考えてみれば、なるほどな、と思う。今や多くの方がパソコンや難(むずか)しい機械を使う時代になった。

  携帯(けいたい)電話(でんわ)も技術(ぎじゆつ)が著(いちじる)しく進歩(しんぽ)した。電話以外(いがい)にも、Eメールやいろいろなことができる。ところが、役に立つ携帯電話でさえ実(じつ)は私たちは二、三種類の機能(きのう)しか使っていない。いわゆる「宝(たから)の持ち腐(ぐさ)れ」というものである。ましてや、神様がくださった人間の頭脳は、わずか三%しか使っていないというならば、ほとんど使っていないのと同じである。

  クリスチャンは、神様からはかり知れない恩寵(めぐみ)と愛と祝福をいただいている。にもかかわらず、私たちはそのことを理解せず、また、知らないために、多くの神様の恵みを失(うしな)っている。豊富(ほうふ)な雨と、おいしい水に恵(めぐ)まれた日本で生活している私たち日本人にとって、最近(さいきん)まではほとんど水を買(か)うことはなかった。

  二〇年以上前のこと、ユダヤ人が書いたと言われる『日本教クリスチャン』という奇妙(きみよう)なタイトルの本の中で、ユダヤ人は水は大変価値(かち)があるものとしてお金(かね)を出して買うものだと考(かんが)えるとあった。日本人は、水は湯水(ゆみず)のように使(つか)って、大変無駄(むだ)に使ってしまう。

  バングラデシュ(冨岡先生が医療(いりよう)伝道(でんどう)をなさっている国)に伺(うかが)った時、大きなポリタンクが洗面所においてあった。そのタンクの下の方には三〇センチくらいロウのように固まった物があり、その上に水が入っていた、「先生、これなんですか。」「水を蒸(じよう)留(りゆう)して出来たものです。」海面とほとんど同じくらいの低い地域のため、汚い水がいっぱい周りにある。水をくんできてタンクに入れて濾過(ろか)する。濾過した底に三〇センチくらい白い固まりになっている。これはバングラデシュだけの話ではない。  (続く)

 

  ◎ 暗誦聖句  箴(しん)言(げん)一章七節
〝エホバを畏(おそ)るるは知(ち)識(しき)の本(もと)なり。愚(おろ)かなる者(もの)は智(ち)慧(え)と訓誨(おしえ)とを軽(かろ)んず。〟

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