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習志野バプテスト教会の週報

◆ ロマ書の学び(358)

         ▽ み言葉に生きる


  バプテスト教会は、カトリックとはまったく違った歴史の流れを持っている。私たちが信じる信仰は決して、自分たちだけが持ってきたものではない、主イエスの昇天後、世界各地に、神様のお言葉を唯一絶対の神様の基準として受け入れる教会が、存在してきたということをぜひ知っていただきたい。

  『血まみれの道』(J・M・キャロル著)という本がある。簡単な本だが、世界各地で、どのように歴史の中でバプテストの信仰を持ちつづけてきたのか、ということを短い書物の中にあらわしている。

  なぜバプテストが生まれたのか。

  ①全身水に浸(ひた)すというバプテスマを強調する教会、しかも②イエス様を信じた者だけにバプテスマは施(ほどこ)される。そのため人々は「あの教会の人たちはバプテスマを大変強調する。」と言ってバプテストというあだ名をつけられたと言われている。あだ名の中にはその人を的確に表すあだ名があるし、なるほど、と思うようなおもしろいあだ名がつくこともある。バプテストとは、自分たちがはじめからそのように名乗ったのではなく、周りの人からそういう風に呼ばれたあだ名なのである。

  バプテスト教会は、③聖書だけを信仰の基(き)盤(ばん)とし、また生活の唯(ゆい)一(いつ)の基(き)準(じゆん)とする。④他のどのような教団組織、あるいは何かの教会連合体から一(いつ)切(さい)命令を受けない。地方、地方の教会それぞれが独立していて、そこで神様に忠実にお仕えする、というのが地方教会の責任であると聖書から学んでいる。それゆえバプテスト教会には本部がない。本部から何か命令を受けて、募金をするとか行事に参加する、ということはない。あくまでも、自立した地方教会の意志を持って、物事を決定していく。

  私たちはそうしたバプテスト本来の姿勢を考えて、昭和五三年に宗教法人としての単(たん)立(りつ)法(ほう)人(じん)格(かく)を取った。本来、バプテスト教会一つ一つが、そのように単立の法人格を持つべきである。私たちは、交わりを持っていても他の宗教団体というか、法人組織の中に包(ほう)括(かつ)されていない。多くのバプテスト教会は包括されていて、非(ひ)包(ほう)括(かつ)団(だん)体(たい)と言われているが私たちは単立の法人を持っている。包括されていると、その本部の方に、毎年いろいろな細かいことを報告し、それが文部科学省に送られていく。

  私たちはあくまでも単立であるので、千葉県庁の学事課というところへ毎年の届け出をする。現在、日本の宗教法人関係の法律は大変厳しくなってきている。                  ( 続 く )

 
◎ 暗誦聖句 ヤコブ書三章一七節
〝されど上(うえ)よりの智(ち)慧(え)は第一に潔(いさぎ)よく、次に平和・寛(かん) 容(よう)・温順また憐憫(あわれみ)と善(よ)き果(み)とに満(み)ち、人を偏(かたよ)り視(み)ず、虚偽(いつわり)なきものなり。〟  

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