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習志野バプテスト教会の週報

神をおそれよ(8)

▽「主を恐れる人は、主の大いなるお力を信じる人」
〝ああ。主に自分のはかりごとを深く隠す者たち。彼らはやみの中で事を行ない、
そして言う。「だれが、私たちを見ていよう。だれが、私たちを知っていよう。」
と。〟    イザヤ書二九章一五節
イザヤが神様にお仕えした当時のイスラエルの民は、神様を恐れているように見
えたが、形だけのものであった。神様に対する愛、畏敬(いけい)の思いがなかっ
たのだ。首記の聖句から、イスラエルの民の心に主を恐れる思いがなかった別の
理由を学び、私たちの反面教師としよう。第一に、彼らは自分たちの思いを主に
ゆだねることがなかった。なぜ、全てをご存じでいらっしゃり、私たちに良いこ
とをご計画くださる主に、導きを求めなかったのか。彼らは、「自分たちの方が
神様よりも知恵があり、自分たちのために良い計画をたてることができる」と考
えていたのだろう。悪いことだと知っていながら、どうしても自分の思いを制御
(せいぎょ)できず、神様に隠れてしようとしたのだろう。新改訳(しんかいやく)
聖書の太字の主(しゅ)は、文語(ぶんご)訳(やく)ではエホバであり、ヘブル語は
ヤハウェである。このお名前は、神様とイスラエルとの密接な関係、特に契約関
係を示している、と言われる。主は独立自存(じそん)であって、現在も生きてお
られ、人間を救い、助け、祝福し、契約を守られるお方である。次のみ言葉を心
に刻(きざ)もう。
〝あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆる
がない。…主はすべて心おごる者を忌(い)みきらわれる。確かに、この者は罰を
免れない。恵みとまことによって、咎(とが)は贖(あがな)われる。主を恐れるこ
とによって、人は悪を離れる〟(箴言一六・三、五、六)。
第二に、彼らは「神様は私たちを見てはいない」と考え、自分たちの計画を隠(か
く)そうとした。イエス様は、闇の中で生活する者について次のように仰(おっし
ゃ)った。〝…光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行ない
が悪かったからである。悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出
されることを恐れて、光のほうに来ない。〟(ヨハネ三・一九~二〇)。神様を
恐れたダビデとは対照的である。ダビデは、①神様のそば近くにいることを願っ
た(詩篇八四・一〇)。②神様はいつも私をご覧下さり、困った時にはすぐに助
けて下さる、と信じていた(詩篇一三九)。③神様は大いなるお方であり、すば
らしい御わざをなして下さると信じていた(詩篇八六・一〇)。
イスラエルの民が主を恐れることがなかったのは、神様と神様のお力を信じてい
なかったからである。                    (続く)

◎ 暗誦聖句 エペソ書二章一〇節
〝我(われ)らは神(かみ)に造(つく)られたる者(もの)にして、神(かみ)の預(あら
か)じめ備(そな)へ給(たま)ひし善(よ)き業(わざ)に歩(あゆ)むべく、キリスト・
イエスの中(うち)に造(つく)られたるなり。〟

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