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習志野バプテスト教会の週報

◆ ロマ書の学び(316)

▽ み言葉に生きる


  凡(すべ)ての人、上にある権威に服(した)がうべし。そは神に よらぬ権威なく、あらゆる権威は神によりて立てらる。この故(ゆえ)に権威にさからう者は神の定(さだ)めに悖(もと)るなり、悖(もと)る者は自(みずか)らその審判(さばき)を招(まね)かん。〟
    ロマ書一三章一~二節

  電柱のポスター、看板、スピーカー宣伝、トラクト配布、路傍伝道等いろいろな伝道方法が昔のようにはできなくなってきた。マンションへのトラクト配布も最近では難しい。しかし、何らかの条例や法律ができた時には、即キリスト教に対する迫害であると考えず、冷静に原因を分析するようにしたい。被害妄想(ひがいもうそう)に陥(おちい)ることなく、まず、市民生活の邪魔にならないように、みんなの迷惑にならないようにということを配慮しなければいけない。

  しかし「ぜったい聖書を読んではならない。」という共産主義圏(けん)や、中国大陸のように「聖書を没収(ぼっしゅう)する。」といわれた時には、まず神様に祈ってから、信仰を守るために立ちあがるべきである。あのモーセが、命を奪われることなくエジプトの王妃に拾(ひろ)われたように、自分達も、子供が正しい信仰を守れるよう努力する。聖書をやぶいて燃(も)やすようなことはせず、かえってそれを保存することこそが、大切な信仰の戦いである。

  スペインでは昔、キリスト教の大迫害があり、聖書を没収したり焼いてしまうことがあった。そんな中にあって聖書を人々の言葉に翻訳(ほんやく)していた学者達は、翻訳した原稿を懸命(けんめい)に命がけで守り、ドイツでそれを出版した。グーテンベルグなどはその中心的人物だ。そういう形で代々(だいだい)、聖書の翻訳は世界各地に保存されていった。

  政府が、こと神様に敵対するような政策や、信仰を捨てるよう強制する場合は、クリスチャンは命がけで信仰を守っていく。しかし、神様の御心(みこころ)に明らかに反することでない限り、私達は努(つと)めてその国の政府に従っていく。そして、権威の座にある者のために日々祈っていくことが、たいへん大事なことである。

  使徒ペテロも捕(と)らえられた時に「あなた達に従うべきか、神様に従うべきか。当然、神様に聞き従います。」(使徒行伝四章一九節)と言った。信仰の良心に従って戦わなければならない時以外は、いつも権威に従う、権威を重(おも)んじることがクリスチャンの立場である。このことをしっかりと心にきざんでいただきたい。

  同時に、これからますます伝道がしにくくなってくる。そうした伝道がしにくい時にこそ、神様に「知恵を与えて下さい。」と祈っていくことが大事である。(続く)

 
◎ 暗誦聖句 使徒行伝一章八節
〝然(さ)れど聖霊なんじらの上に臨(のぞ)むとき、汝ら能力(ちから)をう けん。而(しか)してエルサレム、ユダヤ全国、サマリヤ、 及(およ)び地の極(はて)にまで我が証人とならん。〟

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