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習志野バプテスト教会の週報

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ドアが閉まる(英語バイブルT翻訳)

「わたしは門(もん)です(英語ではドアー)」(ヨハネ一〇・九)。「主(しゅ)を求(もと)めよ。お会(あ)いできる間(ま)に。近(ちか)くにおられるうちに、呼(よ)び求めよ」(イザヤ五五・六)。 

約四年半前、二人の友人と東京に行きました。友人たちは宣教師として日本に来たばかりで、日本語はほとんど話すことができませんでした。東京についても全く知りませんでした。私たちは総武線で東京駅まで行きました。そこから、地下鉄の丸の内線で銀座に行きました。キリスト教書店と大きな玩具(がんぐ)店に行きました。ウェンディーズで昼食をとり、もう少し買い物をして、丸の内線で東京に戻りました。私は時刻表(じこくひょう)を見ました。総武線の電車が間もなく出発することが分かりました。三時三八分発の電車でした。私たちは最初のエスカレーターを下(くだ)って行きました。二番目のエスカレーターを降(お)りると同時(どうじ)に、発車(はっしゃ)のブザー音が聞こえました。私は「走って!」と叫(さけ)びました。私はこれまでにも東京で電車に乗(の)ったことがあったので、電車に飛び乗ることができました。しかし、友人たちは電車に乗れませんでした。電車に飛び乗る前に、ドアは閉まってしまいました。ドアをはさんで、私も友人たちも、呆(ぼう)然(ぜん)と立っていました。私は電車から降りることができず、彼らは電車に乗ることができませんでした。彼らは日本語を話せず、目的の駅名も分からないだろうと思い、私は非常に心配しました。どうしたらよいのか分からず、呆然としているなか、電車がホームを出発していきました。

イエス・キリストは「私は門です」と言われました。イエス・キリストは命(いのち)への入(い)り口であり、天国への入り口です。イエス様は幸福(こうふく)と満足(まんぞく)への入り口でもあります。これらの扉(とびら)は、今、あなたに開かれています。しかし、いつか必ず閉まります。あなたは死んだあとに、イエス・キリストを救(すく)い主(ぬし)として信じることは出来ません。あなたがこの地上の命を終えるとき、この救いのドアは閉じられてしまいます。

もう一つの聖句には、「主を求めよ。お会いできる間に。近くにおられるうちに、呼び求めよ」とあります。あなたが真剣(しんけん)に主を求めるならば、あなたは今日にでも主にお会いすることができます。主はあなたの近くにおられ、あなたを全ての罪(つみ)から救いたいと願っておられます。

手遅(ておく)れになる前に、あなたもイエス・キリストを求めませんか。イエス・キリストをあなたの救い主として信じ、受け入れませんか。扉はいつか必ず閉まります。その前に、イエス様を信じませんか。
          (マーサ・カクラン宣教師)

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