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習志野バプテスト教会の週報

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ローマ人への手紙(十六)

今は、まさに人間の手で人間をつくる時代なのでしょうか。何の規制もなければ、それはとうにあちこちで始まっているでしょう。こうしている間にも、医療に携(たずさ)わる学者(がくしゃ)の中に、邪(よこしま)な思いをもって、違法な実験をしている人がいないとは言えないでしょう。

 子どもが与えられない家族がいます。今、日本で人工的に産む場合は、保険適用外で、少なくとも一千万円かかるそうです。しかも、必ず子どもが与えられる保証はないのです。お金で人間の命が買えるでしょうか。イエス様は「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分のいのちを失ったら、何の益があるでしょうか」(マルコ八・三六)とおっしゃっています。

 ローマ一・一に「神の怒り」とありますが、神様は人間のように気分が悪いから怒るというお方ではありません。「神の怒り」とは、神様の正義をやぶり、しかも、神様の御名をふみにじる人たちへの、当然な事としての怒りを意味しています。人類が神様の真理を理解するように、神様は啓示(けいじ)をお与えくださいます。神様は私たちのために日々、様々な形(かたち)でご自身の存在をお教えくださっています。

 伝道の本来の意味は、「現在進行形」なのです。昔アブラハムに教えられたのではなく、今もずっと代々世界の人たちに対して、神様がいらっしゃることと、神様の真理をあらわし続けてくださっています。私たちは、神様から与えられているこの継続的な真理のときあかしを無視してはならないのです。

 「創世記の記述はその通りである」とアメリカの科学者の多くが、今、言っています。一方、日本の科学者は「聖書は神話で、愚(おろ)かな書物である」と言い、聖書の教えを無視しています。日米で医療や病院を比較すると、日本はアメリカより二〇年遅れていると言われています(研究のためにアメリカへ渡った現職の日本人医師の告白です)。

 私たちは、神様がくださった生命、生命の源を絶えず考え、神様の御前に何のために生き、どこへ行くのかを考え、聖書から学びとっていかなければなりません。人間は神様のお姿に象(かたど)られて作られたからです。子どもの頃、親に叱(しか)られると、「こんな家に生まれてくるんじゃなかった」と悪態(あくたい)をつき、「何でこんな家に」と、親にくってかかりませんでしたか。「どうせ生まれるなら、金持ちの家に」と、いかにも地上に出てくるのは自分が選んだからのような口答えをしたことがあるでしょう。

 大病を患(わずら)うと人間の生命(せいめい)の不思議(ふしぎ)を覚(おぼ)え、生命には持久力があると感じます。死ぬか生きるかの大きな病や怪我(けが)をした時、自分ではどうにもならない時に、「後は生命力や寿命があるかどうかです」という医者の言葉を遠くで聞きます。出来る事は全てやったという医者も、人間の体の不思議、生命力を感じているのでしょう。神様は、私達を地上に生かしてくださり、神の栄光を表わすように日々、生命をお与えくださっているのです。(続く)

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