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習志野バプテスト教会の週報

ローマ人への手紙(三)

私たちは、何事をも「イエス様と私との関係」で考える必要があります。

イエス様の救いを頂いたあと、私たちは、神様の奴隷(どれい)として生きているでしょうか。自らを全て明け渡しているでしょうか。それとも、自分の生活が楽になるように、あるいは、自分の経済的な必要を満たしてもらうために、神様を利用しているのでしょうか。

苦しい時には、「イエス様、助けてください」と叫ぶのに、普段の生活では神様のことを忘れていないでしょうか。給料をもらうと、「新しい背広(せびろ)が必要だ。家賃、自動車、…の支払いもしなくては。教会の献金? 余裕(よゆう)ができたらしよう」となっていないでしょうか。もし、そのように考えているのなら、あなたはイエス・キリストの奴隷ではありません。キリストを自分の奴隷としているのです。自分の初穂(はつほ)を、先(ま)ず、神様に捧(ささ)げることが、クリスチャンとしてのあるべき姿です。自分のお金、時間、健康、そして、才能など全てを神様に捧げることが、使徒パウロにとっての信仰者としての基本でした。

《選び出され、使徒として召されたもの》
 単に選ばれただけではなく、選び出された(分けられた)ということに重要な意味があります。パリサイ人のもともとの意味は、「分離(ぶんり)した者」であると、聖書学者は言っています。

 パウロは神様に召されて使徒となり、異邦人(いほうじん)伝道を継続(けいぞく)していきました。パウロは、テント作りを辞(や)めませんでした。ある程度、自分の生活を面倒(めんどう)みてくれる人がそばにいるようになるまで、パウロは一生懸命に働いたのです。時間を見つけては、テントを作って生活の糧(かて)を得ていました。パウロは、必要を覚えるクリスチャンを助けるためにも働きました。「ええっ、パウロ先生が? そんな偉い伝道者がテントを作っていたのですか」と驚くかもしれません。また、テント作りは、現在のアルバイトの一つと想像するかもしれません。しかし、そうではありません。

 実はこの当時、テントを作るということは、かなりレベルの高い職業でした。パウロの時代、主(おも)に、学者達がテントを作っていたのです。当時、最高の学問を修(おさ)めた学者達が、生活の糧としてテントを作っていたのです。テントを作るためには、面積や傾斜(けいしや)等を計算し、強度も考えなければなりませんでした。また、当時のテントは大変高価な生地(きじ)や、獣(けもの)の皮を使ったので、学者たちの職業として最適であったと言われています。ですから、テント作りは、アルバイトの一つではなく、インテリの仕事であったと考えてよいのです。(続く)

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