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習志野バプテスト教会の週報

聖書の預言 (新英語版Bタイム翻訳)

 一九九六年はどんな年になるのでしょうか。一九九五年は、日本にとって大変な年でした。第一に、神戸で大きな地震がありました。第二に、地下鉄サリン事件がありました。個人的な災難、愛する人の死、失職、持ち物を全て焼き尽くす火災などにあった方も多くいらっしゃるでしょう。新しい年は希望をもたらします。

 新年はクリスチャンにも希望を与えます。イエス・キリストは、再び地上に戻ってこられると御約束になりました。ですから、私達は一九九六年に、主イエス様は再臨なさるかもしれないと期待しているのです。 もしかしたら、あなたは、イエス・キリストが天から再び地上に戻ってこられることを疑っているかもしれません。一九九六年という数字を考えてみましょう。どこから始まったのでしょうか。イエス様がこの地上でお生まれになってから一九九六年という意味です。西暦は世界中で用いられています。AD一九九六年はキリスト紀元一九九六年を意味し、イエス・キリストが地上にお生まれになった事実を思い出させます。

 イエス様のお誕生について、旧約聖書に預言されていたことをご存知ですか。ベツレヘムという小さな町でお生まれになることさえ預言されていたのです。イエス様のお誕生に関する全ての預言は成就しました。新年は西暦一九九六年であると言う時に、イエス様のお誕生についての預言が成就したことを覚えるのです。

 イエス様のお誕生についての預言が全て成就したのなら、イエス様が再臨なさるという預言も全て成就するはずです。しかし、多くの人は信じません。イエス様が再臨なさることを神様はご存知です。「まず第一に、次のことを知っておきなさい。終わりの日に、あざける者どもがやって来てあざけり、自分たちの欲望に従って生活し、次のように言うでしょう。『キリストの来臨の約束はどこにあるのか。先祖たちが眠った時からこのかた、何事も創造の初めからのままではないか。』」(Ⅱペテロ三・三~四)。再臨について疑う人がいても、神様は驚かれません。疑う人がいることを神様はご存知でした。

 「主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです」(Ⅱペテロ三・九)。主イエス様がまだ再臨なさっていない理由です。神様はだれ一人も、死んで地獄に行くことをお望みではないのです。全ての人が悔い改めて、神様に罪の赦しを乞い、救いを求めてほしいと願っていらっしゃるのです。あなたが罪を悔い改め、神様に救いを求めることを、神様は待っておられます。一九九六年があなたにとって素晴らしい年となりますように。願わくは、あなたがキリストを救い主として心にお迎えする年となり、キリストの再臨の年となりますように。(一九九六年記、マーサ・カクラン宣教師)

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