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習志野バプテスト教会の週報

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現会堂献堂記念日④(二〇〇〇年五月二〇日)

 一九九九年、新会堂建築で一番忙しい時に、佐倉市の知人から留守番を兼ねて家に住んで欲しいとの依頼を受けました。当時借りていたアパートの更新を丁度すませた時でした。最初お断りをしたのですが、最終的に引き受けて、引越をしました。数ヶ月後、佐倉市の税金と国民健康保険料が習志野の時よりも高いことがわかり、そこには住めなくなりました。

 アパートの更新料を払った直後に佐倉に移動したのに、また新しくアパートをかりて、敷金や礼金を払うのは、教会に大きな負担をかけます。どうすべきか祈っていました。最終的に導かれたのが、バプテスト・ホームでした。新会堂も完成し、集会所として使用していたバプテスト・ホームがあいていたのです。教会は、敷金も私たちの住居費も別途に払う必要がなく、教会にも近く、ベストだと思いました。

宿泊したことがある方はご存じですが、ホームは「野生の王国」で、ヤモリ、羽あり、大きなクモ、蛭(ひる)やナメクジが生き生きと生活していました。家内は「出来ればホームには住みたくない」と前から言っていましたが、状況からするとホームに住まさせていただくこと以外に道はありませんでした。なぜ一番忙しい時に、佐倉に引越をし、さらに短期間の内にまた引越をしなければならないのか分かりませんでした。しかし、神様はその時からこのバプテストホームの場所に住むように、私たちを導いてくださっていたことが今になるとよく分かります。このような状況がなければ、私たちはバプテスト・ホームに住むことはなかったと思います。

この会堂の建築と同時期に、Bホーム周辺の多くの家も解体されました。少し低い位置にあるBホームに雨水が流れてきて、床下の湿度(しつど)が高くなり、かびだらけになりました。流しの下とタンスのなかには、何もいれられなくなりました。二〇〇二年の夏期キャンプ以後、気管支(きかんし)がやられ、耳鼻科に通いましたが、回復しませんでした。畳(たたみ)の隙間(すきま)から床下のカビが風にのって寝室に入っていたのです。

神様に、住まいのことを祈っていました。教会のお隣の方は、「将来私たちの一方が死んだら、教会で家を借りてほしい」と言っておられました。しかし、お隣のご夫婦は家を売り、引っ越されました。健康面で限界に近いことから、神様の御心を祈り求めていました。ある台風で、物置が浸水し、カビが更に増えました。大家さんは、私たちが、カビで数ヶ月も体調が悪いことを知り、心配してくださいました。すぐに建替えをお考えくださったのです。(続く)

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