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習志野バプテスト教会の週報

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主は生きていらっしゃるから(EBT翻訳)

 「イエスは言われた。『わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。』」 ヨハネ伝 一一章二五節

首記にあるイエス・キリストの御言葉によって、二千年もの間、クリスチャンは希望と慰めを与えられてきました。今日は、この御言葉について黙想します。

イエス様についての大好きな賛美がアメリカにあります。生きておられるイエス・キリストについての歌です。「イエス様は生きておられるので、私は明日に向き合うことができます。イエス様が生きておられるので、恐怖心がなくなりました」という歌詞です。イエス様が生きておられることは、あなたの人生にどのような意味がありますか。考えたことがありますか。

数ヶ月前、私の友人のお父さんが癌でなくなりました。七〇歳を越えていたそうです。その方は生涯を通して、キリスト教とは無関係でした。亡くなる約三週間前に、友人はお父さんに「死ぬことは怖いですか」と尋ねました。お父さんは「はい」と答えました。友人はイエス様について話をしました。彼女は、イエス様がお父さんの罪のために十字架の上で死んでくださったこと、そして墓に葬られ、三日後に死から甦られたことを話しました。友人のお父さんは、三月五日にイエス様を救い主として信じました。友人のお父さんは病院にいて、寝たきりでした。救われるために何もできませんでした。イエス様に、罪から救ってくださいと祈っただけでした。人生最後の二週間、死の恐怖はなくなりました。七〇年以上も、別の宗教を信じていました。友人のお父さんは、イエス・キリストを信じてわずか二週間でしたが、今イエス様と共に天国にいます。それは永遠に続きます。

九年前、私の妹の夫も癌で亡くなりました。アランはわずか二七歳でした。義弟が病気の間、私は日本にいました。アランが亡くなった三週間後に、私はアメリカに戻りました。多くの人が私に、「もう少し早く帰ってきたら、もう一度アランに会えたのに」と言いました。「私は再び彼に会えます。アランはクリスチャンでした。アランはイエス・キリストを彼の個人的な救い主として信じていました。アランは天国で生きています。いつの日か、私も天国に行きます。アランに会います」と答えました。

イエス様の復活は、私達に希望と確信を与えます。イエス様の復活は、私達から死の恐怖を取り除いてくれます。

「イエス様が生きておられるので、明日に立ち向かう事ができます。イエス様が生きておられるので、恐怖心はなくなりました。」
◎暗誦聖句〝唯(ただ)われらを樂(たの)しませんとて萬(よろず)の物(もの)を豐(ゆたか)に賜(たも)う神(かみ)に依頼(よりたの)み 〟 テモテ前書六章一七節後半

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