FC2ブログ

習志野バプテスト教会の週報

賛美をしながら教会に来よう(2)

▽「感謝しつつ、主の門に、賛美しつつ、その大庭に、はいれ。」 (詩篇一〇〇・四)
   


  アルフレッド・スミス著 "AL SMITH'S Treasury of Hymn History" より    

 一九四〇年代、ミシガン州にある教会の夕拝で独唱する機会が与えられた。集会後お腹がすいたので、ある店に入って、サンドウィッチを注文した。真っ白い髪をし、厚いレンズのメガネをかけた年輩の男性が近寄ってきて、「アル・スミスさんですか」とお尋(たず)ねになった。「はい」と答えると、私の手を握って「ジョージ・ベンナードです」と言われた。神様からの祈りの答えであった。私は、「丘にたてるあらけずりの」を作詞作曲したベンナード博士に会い、どのようにしてこの曲ができたのか伺いたかったのだ。博士から直接伺ったことは以下の通りである。    

 「私はヨハネ三章一六節が大好きです。黙想するたびに、そのみ言葉の深い意味が示され、十字架上が目に浮かびます。美しい金色の十字架ではなく、荒削(あらけず)りの木の十字架です。そして、神の御子が私の罪のために流された血がついている十字架です。私は心の目でこの十字架を見つめながら、この曲を作ったのです。メロディーはすぐに決まりました。折り返しの「私は荒削りの十字架を見上げる」(注・日本語訳とは少し違います)は決まったのですが、それ以外の歌詞が出てきませんでした。」    

 「ニューヨーク州の教会で伝道集会がありました。招きの時に、カルバリの十字架上で完成されたキリストの贖(あがな)いの御業(みわざ)を信じて、多くの人が救い主イエス・キリストの御許(みもと)に来ました。その時私は、十字架を通して示された神様の愛がどれほど大きいか教えられました。伝道集会で人々が救われたのを見、心躍る経験をした私の心には、十字架の大切さが刻まれました。ミシガン州に戻り、これまで長い間完成させられなかった曲に向かいました。カルバリの十字架を中心テーマとし、書き直し始めました。不思議なことに、いっきに歌詞を書き終えることができたのです。」    

●聖歌 (総合版/1958年版とも) 402番  丘にたてるあらけずりの  

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する