FC2ブログ

習志野バプテスト教会の週報

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

教会創立五五周年にあたって(二)

ある宣教大会での丸山先生のメッセージから(続き)

 二〇〇五年、ミャンマーのヤンゴンで、カノン神学大学(Canon Theological College)が開校しました(現地責任者はデイヴィッド・スム牧師、名誉校長は丸山牧師。二〇一九年二月に第一一回卒業式を迎えます)。

 主にお仕えする者として、私達は、主のお言葉をよく学ばなければなりません。そして、伝道の心を忘れてはなりません。自制、愛の中の献身も不可欠です。私達は鳥が広く見渡すような目をもって、物事を見ることが必要です。ヴィジョンをしっかりと持ちましょう。私達は御言葉の一部ではなく、重要な教え全てをのべ伝えなければなりません。宣教は私達の言葉を通してなされます。宣教のために、御言葉を正しく学ばなければならないのです。

 「イエスは再び彼らに言われた。『平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣(つか)わされたように、わたしもあなたがたを遣わします』」ヨハネ二〇・二一

 「しかし、聖霊があなたがたの上に臨(のぞ)むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります」          使徒行伝一・八

 主がお遣わしになった弟子達の伝道報告が使徒行伝に記されています。報告①二章四一~四七節、②六章七節、③九章三一節、④一二章二四節、⑤一六章五節、⑥一九章二〇節、⑦二八章三〇~三一節。

 使徒行伝に記されているパウロの三つの説教(ユダヤ人への説教、異邦人への説教、信者への説教)を学ぶならば、多くのことを教えられます。

 私がボブ・ジョウンズ大学の評議員に選ばれた理由をジョウンズ2世博士に伺ったことがあります。「いつも、かわらずに、御言葉にたっているから」と先生はおっしゃいました。ゆるぎない確信(コンヴィクション)を保とうではありませんか。更に、説教者はどんなに忙しくても、自分自身の魂の必要を満たすために、神様の御言葉を学ぶ時間が必要です。

 近年、神様の愛のみを強調し、神様の聖さや罪の悔い改めについてはあまり語らない説教者が増えているようです。パウロは「ユダヤ人にもギリシア人にも、神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰を証ししてきたのです」(使徒二〇・二一)と述べています。信仰と悔い改めはコインの表と裏の関係にあり、切り離して考えることは出来ません。私達が主イエスに対する信仰をもち、罪を悔い改める時に、物事の考え方、生き方が変えられていきます。(続く)

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。