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習志野バプテスト教会の週報

ローマ人への手紙(四三)

 「このキリストによって私たちは、信仰によって、今立っているこの恵みに導き入れられました。そして、神の栄光にあずかる望みを喜んでいます。」
                 ローマ五章二節

 「立つ」という時、私たちは一体どこに立つでしょうか。滑りやすい所でしょうか。或いは、しっかりとした所に立つのでしょうか。

 外国には冒険家がいて、大きな高い建物の壁を、何も使わず、素手で屋上まで昇っていきます。冒険家はほんの少しの空間、あるいはちょっとした出っ張りをも見逃すことなく、指でつかみ、足をかけ、高い所に昇っていきます。

 ある一人の冒険家が頂上間際まで行った時、あっという間に体が宙に浮いて、地べたに叩きつけられてしまいました。彼が大丈夫だと思ってつかんだ所は、実は蜘蛛の黒い巣であったため落ちてしまったのでした。

 人間は、いつもこうした確かでない所を歩いているような生活をしています。これが、神様を知らない人たちの人生ではないかと思います。

 アダムが罪を犯し、エバと二人、神様から身を隠した時に、神様は「アダムよ。あなたは何処にいるのですか。」(創世記三章九節)と声をおかけになりました。神様は、どこにアダムが隠れているのか、わかっていらっしゃいました。けれどもアダムに「あなたは、今何処にいるのか」とお尋ねになりました。

 今日、神様は私たちにも「あなたは今、どこに立っているのか。」とおたずねになります。あなたが立っているところは、この世の知恵、悪魔が支配する世界でしょうか。それとも神様の確かな聖書の御約束の上に立っているでしょうか。あなたは何の上に人生を築いていらっしゃいますか。

 あなたの人生、職業、生涯は何の上に建てられているでしょうか。「私は学校で勉強した自分の勉強の上に、人生をたてます。」あるいは「自分の才能の上に人生を築きます。」と言う人も多くいます。

 日本には昔から「芸は身を助く」という言葉があります。芸とは、手芸とか園芸とか芸術とかいう「芸」のことです。絵や音楽や何か一つの特別な才能を磨いた人は一生、経済的に困ることなく自分の生活を支えていけるという意味です。だから「一芸に秀でるように」と昔の人はよく言いました。

 「数学や音楽ができなくてもいい。とにかく何か一つ、技を身につけなさい。そうすればその技が生涯あなたの生活を支えていくだろう。」というわけです。(続く)

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