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習志野バプテスト教会の週報

ローマ人への手紙(四四)

 「このキリストによって私たちは、信仰によって、今立っているこの恵みに導き入れられました。そして、神の栄光にあずかる望みを喜んでいます。」
         ローマ五章二節

 多くの日本人は、自分の力とか才能、技術に頼りがちです。日本人に信仰の話をすると、「いや、私は自分のこの腕以外に頼ることをしない。」と答えます。

 しかし、不況の中、どんなにいい腕があっても仕事が来なければ自分の生活を支えることは難しい時代になりました。私たちは自分が何の上に人生を築こうとしているのか、何処に立っているのか、祈って、神様のお導きをいただきましょう。

 「このキリストによって」「信仰によって」私たちは、今立っているこの恵みに導き入れられました。イエス・キリストを通して私たちは信仰によって神様の恵みに与かることができるのです。

 神様の恵みをいただくことができるということは、言葉で言い表すことのできない大変な感謝なことではないかと思います。もし「恵み」がなかったら、あなたは今どこにいるでしょうか。もし神様の恵みがなければ、あなたは今どこに立ち止まり、どこにいるでしょうか。

 詩篇一篇一節を見ると、「幸いなことよ。悪しき者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、嘲(あざけ)る者の座に着かない人。」と書いてあります。

 私たちは油断すると、あっという間にこうした罪の世界に誘われ、落ち込んでしまいます。イエス・キリストを信じることによって、その信仰のゆえに、神様のご用意下さった恵みの中に入ることができるのです。

 もし、恵みがなかったならば、神様の愛と憐れみを受ける資格がない私はどんな世界にいただろうかと反省することがあります。ローマ五章を読むたびに、私は自分自身の過去を思い起こし、確かに神様の憐れみによって救われたのだと感謝しています。

 私の一〇代前半は太平洋戦争の最中で、今でいう中学一年の時は、多くの若者が「予科(よか)練(れん)」に入り、「ゼロ戦に乗って、体当たりでアメリカを倒す」ということを盛んにやっていた時代でした。勤労動員で、少しのお金ももらわずに農家の手伝いに行かされたり、ペンキ塗りをさせられたり、工場で働かされたり、いろいろなことをさせられました。

 一〇代半ばに戦争が終わり、今度は自分たちの寄って立つところが無くなってしまいました。よりどころのない人生とは、本当に恐ろしいものです。(続く)

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