FC2ブログ

習志野バプテスト教会の週報

ローマ人への手紙(六九)

 説教のやり方にも、いろいろなタイプがあります。

 聖書を順番に、一言一言勉強していく「講解説教」があります。大切な説教のタイプの一つです。

 「政治」、「恋愛」、「死」、「天国」といったテーマごとにする「テーマ(主題)説教」もあります。また、聖書の一部分をとって、そこからお話をするやり方もあります。そういう説教は「ちょうど私が必要としていたメッセージです」と聞く人にぴったり合う場合は良いのですが、「これはあの人に聞かせたい話だ」というケースが往々にしてあります。

 順を追って勉強する説教、その中に入っている御言葉からその奥行きの深さを探り、御言葉をしっかり勉強していくやり方は、教会建設に絶対必要な礼拝メッセージの学び方であると言われています。


 「読書百遍意おのずから通ず」という言葉があります。使徒パウロが書いた『ローマ人への手紙(=ローマ書)』は「聖書の教えるキリスト教とは何か」を端的に記した書簡だと言われています。指輪で考えるなら、指輪のダイヤモンドがローマ書であると言われるくらい、ローマ書は大事な書簡です。


 ローマ書は、さっと読んだ時には「分かり易い」「分かった」と思うのですが、実は大変難しい書簡です。私は、ローマ書を日本の神学校で勉強したのですが、納得できた所はほとんどなかったのです。米国に勉強に行きたかった理由の一つは、このローマ書をもっと理解したいという思いでした。


 内村鑑三氏が書いた『ローマ人への手紙の研究』とか、他にも多くの学者が書いた注解書があります。

 私は若い頃、内村氏の書いたローマ書の講解説教を読みました。その本は、毎週東京で行われた連続講解説教をまとめたものでした。宮内庁をはじめ、他にも大勢の役人が聞きに来たほどの名説教といわれました。しかし、その本の中にあるのは強いナショナリズムでした。私は聖書自体を勉強したくて色々な参考書を読みあさりました。けれども読めば読むほど難しい書簡だと思いました。そこでアメリカの大学では、選択できるコースの最初にローマ書をとったのでした。


 「濡れ紙を剥がすように」という表現がありますが、ボブ・ジョウンズ大学での勉強は、正にその言葉の通りでした。ローマ書の講義を聞く度に、「こういうことだったのか」と毎回、胸躍る想いで勉強しました。

 ローマ書の講義をなさった方はクルシュ教授でした。プリンストン大学で勉強なさり、更にいくつかの大学で研究なさった学究肌の先生でした。非常に分かりやすくローマ書を教えて下さいました。


 一九六三年、習志野バプテスト教会で伝道を始めた時、水曜の祈祷会で最初に勉強したのがローマ書でした。出席者は大学生一人でしたが、ローマ書の勉強を通じて彼は献身し、伝道者となられました。(続く)

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する