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習志野バプテスト教会の週報

まことに主は大いなるお方(12)

▽「この方(ナザレ人
     イエス・キリスト)
     以外には、 だれに
     よっても救いは
     ありません。」
     (使徒四・十二)

   


  『神様の御栄光のために創造された』(バーグ博士著)から要約    

 ◇伝道を通して、神様が私たちにとって一番でいらっしゃることを示すことができる。  このテーマについてここで詳しく取り上げないが、世界宣教の基本的な動機についてダビデが述べたことを見ておきたい。詩篇九六・三~一〇を読もう。ダビデが言っていることは以下のように要約できる。    

「神様にお返しすべき御栄光を何人も差(さ)し控(ひか)えてはいけない。神様はすべての人に誉(ほ)め称(たた)えられるべきである。よって、すべての国々に出て行って『私たちの神は、全てを統(とう)治(ち)なさる』『神様こそすべての一番であられる』と伝えるべきである。」    

 神様がすべてを治められ、全てに優先されるべきことをダビデのように理解していない信者は、自分たちが手にした知らせを他の人たちに伝えようとはしないのである。ダビデの言葉は、宣教師の心からの叫(さけ)びでもある。神様を最高位のお方として見ている者の心から、自然とあふれ出てくることが伝道である。    

【まとめ】    

 A・W・トウザーは “The Pursuit of God”(邦訳『新版 神への渇き』いのちのことば社)の中で、私たちが考えてきたことを次のようにまとめている。    

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「あなたが高められますように」という言葉は、日日勝利を味わっている霊的経験の語る言葉である。それは恩(おん)寵(ちょう)の大宝庫の扉をあけるための小さな鍵である。求道している人が口先だけでなく心から、「あなたが高められますように」といつも言えるところまで進んで来れば、数知れぬ小さな問題はたちどころに解決されてしまう。    

彼の信仰生活は以前のように複雑なものではなくなり、極(きわ)めて単純なものになってくる。…私たちは神のかたちに造られたのだから、神を再び自分のすべてとして受け入れることは少しも不思議ではない。神は私たちの一番初めの住居であった。だから、私たちの心はその美しい昔の家に再び入るとき、本当の安らぎを感じるのである。    

神が最高の位置を要求なさるのには、それだけのれっきとした論拠があるのだということをはっきり理解していただきたい。その位置は当然神の権利に属するものである。その神のものである位置を私たちが奪(うば)っている間は、私たちの人(じん)生(せい)航(こう)路(ろ)は混乱せざるをえない。私たちの心が「神を高めよう」という大決心をするまでは、何ものも秩(ちつ)序(じょ)を回復することはできない。    

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 あなたの人生の王座に神様がいらっしゃるだろうか。トウザーの言葉をよく考えてみよう。    (続く)    

   

  ◎ 暗誦聖句  使徒行伝九章二〇節

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