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習志野バプテスト教会の週報

まことに主は大いなるお方(11)

   ▽「人はうわべを
     見るが、
     主は心を
     見る。」
       (Ⅰサムエル一六・七)
   


  『神様の御栄光のために創造された』(バーグ博士著)から要約    

 ダビデは心を尽(つ)くして神様を愛した。ダビデの祈りを見れば、それは明らかである。 〝主よ。偉大さと力と栄えと栄光と尊厳とはあなたのものです。天にあるもの地にあるものはみなそうです。主よ。王国もあなたのものです。あなたはすべてのものの上に、かしらとしてあがむべき方(かた)です。〟Ⅰ歴代二九・一一    

 被造物の健康と幸い、そして創造主の喜びは、被造物が神様を凡(すべ)てのものに最優先されるべきお方として認め、礼拝するかどうかにかかっている。健康と幸いを人間の本質に見つけようとすることは、神様の義に背(そむ)くことである。神様がどのようなお方で、何をしてくださったのかを知った者が、神様にどのように応答すべきかについてパウロが記(しる)した言葉を見てみよう。    

〝というのは、キリストの愛が私たちを取り囲(かこ)んでいるからです。私たちはこう考えました。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。 また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。〟  Ⅱコリント五・一四~一五    

 凡てに最優先される神様に受け入れられ、人間がなしうる唯一(ゆいいつ)の応答は、自分自身のために生きてきたことを悔い改め、神様に従うことである。今日、精神的な「障害」について多く語られているが、最大の障害(混乱)は、神様ではなく自分自身を一番に置くことである。被造物の神様への反逆が永遠の死をもたらすのである(ローマ六・二三)。命令をくだすべきお方が立つ場所に、罪人は割(わ)り込み、自信満々でそこに立ち、自分の人生という船から神様を力づくで追い出してしまったのである。    

 ◇神様が一番でいらっしゃることを黙想し、神様の御栄光を示そう。    

 決断によって人生に何が一番大切であるかが分かることを見てきた。すなわち、決断によって神様が第一か自分が第一かが分かることを学(まな)んだ。み言葉に啓示(けいじ)されている神様の卓越(たくえつ)さを絶えず考えていなければ、神様にのみ見られるすばらしさを、私たちの決断によって現(あらわ)すことはできない。    

 故(ゆえ)に、神様にのみ見られる卓越性、すなわち御栄光を拝する時間を私たちは持つべきである。人間が、目には見えない神様に関する事柄をいつも黙想し、心の焦点(しょうてん)を神様にあわせていないなら、何が正しく、何が一番であるのかを知ることはできない。私たちは目に見えないものを見続けることが大切である。聖書に啓示されている壮大な事実を、日毎に、そして時には一時間毎に熟考(じゅっこう)しなければ、「自分が第一」になってしまうのである。(続)    

   

  ◎ 暗誦聖句  使徒行伝 四章一二節前半
〝他(ほか)の者(もの)によりては救(すくい)を得(う)ることなし〟

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