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習志野バプテスト教会の週報

ローマ人への手紙(一二三)

 私たちは通常の健康状態であれば、動けば疲れるし、お腹も空いてきます。食欲は神様に与えられた人間の機能の一つです。一生懸命仕事をし、あるいは活動して夜が来ます。あたりが静かになってくると、当然人間の脳は休むように働いてきて、私たちは休息をとります。これもまた、自然の欲求です。


 そして、また、それぞれ「種の保存」というかたちで、神様は男性が女性を愛し、女性が男性を愛する、という自然の感情を与えていらっしゃいます。ですから、皆さんが誰かを好きになる、愛するということは、神様の摂理(・・)の内でしょう。人間の欲望や性欲も決してそれ自体が罪ではありません。それらがなければ子孫を残すことができないからです。神様はそれぞれに、必要な人間の体としての働きと機能、そしてまた、種の保存ということで、ちゃんとご計画を持っていらっしゃるのです。問題は、間違った方法で自分の体の欲望を達成しようとするところにあります。


 使徒パウロはコリント人への手紙の中で、そのことを細かく教えています。ローマ書七章を見ていくと、あの偉大な伝道者、ユダヤ人だけでなく異邦人に福音を述べ伝えた使徒パウロでさえ、実は日々の生活の中で、旅の疲れや身心の求めに対して、たいへん弱かったということがわかります。彼は「私が欲する善は、それをすることができない。自分がしたくないと思うことをやってしまう。」と書いています。肉の体には一つの法則があり、人間が肉の力に負けやすい者だということを七章で書いているのです。


 心では神様を求めます。「本当に一生懸命、聖書を読もう。お祈りしよう。奉仕をしよう。捧げていこう。」と思っても、現実の世界では私たちは、足踏みをしてしまうのです。


 人間の社会には様々な誘惑があり、寝ていても起きていても、絶えず私たちの心に浮かんでくる妄想や欲望があります。自分が楽をしたい、働かないでお金持ちになりたいなど、様々な肉の思いがわいてきます。
 男女を問わず、ねたみ(・・・)の感情というものは、多分、生きている間、続いていく感情の一つではないでしょうか。「妬む」という字は面白いですね。女の心が石のように固(かた)くなるというのです。この妬みの感情は、女性だけの苦しみではなく、男性にも起こってきます。
同じ職場の同期でありながら、一人はどんどん係長から課長、部長にと昇進していくのに、「同期入社だのに、どうして自分は置いてきぼりを食うのだろうか。」と。女性より男性の妬みの方が強く、はるかに陰湿であると言われます。        (続く)

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