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習志野バプテスト教会の週報

まことに主は大いなるお方(8)

   ▽「どうか、
     この神に
     栄光が
     とこしえに
     ありますように。
     アーメン。」
    (ガラテヤ一・五)
   


   神様こそ最優先されるべきお方であると示されるとき、神様のご栄光(えいこう)が現される。他の人たちは、私たちの生活を通して、神様のご栄光を拝(はい)しているだろうか。天国において教会を代表する贖(あがな)われた人たちの言葉を聞いてみよう。    

「主(しゅ)よ。われらの神よ。あなたは、栄光と誉(ほま)れと力とを受けるにふさわしい方です。あなたは万物(ばんぶつ)を創造(そうぞう)し、あなたのみこころゆえに、万物は存在し、また創造されたのですから。」(黙示録四・一一)    

 最優先されるべきお方は、全てをご自身の喜びのために創造された。この聖句を黙想する度に、質問が心に湧(わ)いてくる。神様に喜んでいただくにはどうすればよいのか。罪深く弱い者が、創造主なる神様に喜んでいただくことができるのか。これらの問いに対して、人間と犬の関係が答えを与えてくれた。    

 多くの人が犬を飼っている。動物と人では大きな違いがあるが、それぞれに喜びをもたらす関係を築くことができる。    

 暖炉の前に座る飼い主の足下に体を丸めてすやすやと犬は眠る。主人が立ち上がり、ドアに向かうと、犬も起き上がり、ご主人よりも早くドアに走っていく。ご主人がドアを開け、「さあ、新聞をもっておいで」と言う。犬はさっそうと走っていき、新聞をくわえて戻って来る。ご主人の所に戻ると、しっぽをふりながら新聞を飼い主に渡す。主人は犬の頭に手をおいて、「良い子だ」といってなでる。犬はご主人を喜ばせたのである。人も犬も喜んでいるのである。    

 私のご主人である神様は完全で、力に満ちたお方である。不十分な私の働きで神様に喜んでいただくことはできない。私が「ご主人の新聞」を運んでくるならば、新聞によだれをつけ、一部を破ってしまうことであろう。家に入れば、足の泥(どろ)で床も汚してしまうであろう。それにもかかわらず、私の主は、「よくやった。善かつ忠なる僕よ」と誉めてくださるのだ。   

 何ということであろう。弱さのために良い働きはできないが、神様に従おうとする熱意とご命令に喜んで従おうとする姿を、神様はお喜びくださるのである。私は神様に、「あなたは、何とすばらしいご主人でしょう。あなたのようなお方は他にはいません。あなたのペットであることを心から感謝します。」と申し上げることしかできないのである。しかし神様は、私の心からの賛美をお聞きくださり、お喜びくださる。私が神様を全てのものに優(まさ)るお方として正しく見ているからである。神様に愛されていることこそ、私にとっての最大の喜びである。神様こそ私のご主人でいらっしゃる。そして、神様の愛を感謝し、神様に喜んでお仕えしようとする私の姿を、神様は喜んでくださるのだ。(続く)    

『神様の御栄光のために創造された』(バーグ博士著)から要約    

   

  ◎ 暗誦聖句  使徒行伝一五章二六節

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