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習志野バプテスト教会の週報

まことに主は大いなるお方(7)

   ▽「…自分の
     からだを
     もって、
     神の栄光を
     現わし
     なさい。」
   (Ⅰコリント六・二〇)
   


  堕落前の人と堕落しなかった天使たちは、「神様こそ全てに優る第一のお方である」と喜んで認めた。神様のお顔を拝することは、アダムにとって至福の時であった。アダムは心から神様を賛美し、神様こそすべての一番であり、偉大なお方であると認めた。神様が自分の生命の源であり、保持者であると直観的に知っていた。「上は天、下は地において、主だけが神であり、ほかに神はない」(申命記四・三九)とアダムは喜んだであろう。神様がアダムの最大の喜びであった。    

 アダムは罪を犯し、人間の本質は堕落した。人間の性質に入り込んだ闇(やみ)の部分は、アダム自身を一番に置いた。アダムは、自分自身こそ最も重要な存在であると考えるようになった。これまでは、神様こそが生きる目的であり、命と力の源であったのに、自分が神の立場にとってかわった。アダムは自分を最優先に考えるようになった。    

 すなわち、自分自身に栄光を帰するようになった。アダムのフォーカスは「神様が一番」から「自分が一番」にかわった。アダムは、神様にのみ見られる卓越性(たくえつせい)を喜び、神様のすばらしさを反映させるという目的を果たせなくなった。すなわち、神様の栄光をあらわすことができなくなった。これが、「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず」(ローマ三・二三)の意味である。    

 理解の助けとなっているだろうか。難しく感じても、あきらめないでほしい。近年のクリスチャンは霊的に栄養不足で、神様の御栄光や聖さ、最優先性について考えてこなかったことが、難しく感じる理由である。この重要な学びを理解するために、このシリーズを最初から読み直す必要があるかもしれない。    

 がっかりしないでほしい。エドムンド・ヒラリーは、エベレスト登頂に成功するまでに九回キャンプをし、休息と気分転換をしている。登山隊は一九五三年三月一〇日に出発。当時、カトマンズから標高五三八〇メートルにあるベースキャンプまでの道がなかったので、三〇〇キロメートルのハイキングから始まった。エドムンド・ヒラリーと仲間のテンジン・ノルゲイは五月二九日にエべレスト初登頂に成功し、世界で一番高い所からの眺(なが)めを経験した。大いに報われた。    

 神様の御栄光について学び続けるならば、あなたも豊かに報われることであろう。エペソ人への手紙を記す間、常にパウロをわくわくさせ、また支えた真理を見つめるなら、天上の神様の御栄光を拝し、あなたも報われるであろう。    

〈ジム・バーグ博士の "Created for His Glory(神様の御栄光のために創造された)" からの引用〉    

   

  ◎ 暗誦聖句   出エジプト記二〇章三節

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