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習志野バプテスト教会の週報

◆ 毎日の生活で賛美をしよう(2)

   ▽「喜びをもって
     主に仕えよ。
     喜び歌いつつ
     御前に来たれ。」
    (詩篇一〇〇・二)
   


  先週に引き続き、聖歌の背景をご紹介しよう。毎日の生活で、神様を賛美する一助となれば幸いである。    

一、驚くばかりの恵みなりき 
  この身の汚れを知れる我に    

二、恵みはわが身の恐れを消し
  任する心を起こさせたり     

三、危険をも罠(わな)をも避け得(え)たるは
恵みの御業と言うほかなし     

四、御国に着く朝いよよ高く
  恵みの御神(みかみ)をたたえまつらん    

 (聖歌一九六番)    

 作詞者ジョン・ニュートンは一七二五年ロンドンで生まれた。父親は船長であった。母親は熱心なクリスチャンであった。母親はある病気から余命(よめい)は長くないと悟(さと)り、息子が小さい時から聖書を教えた。    

 ジョンが七才の時に母親は亡くなり、船乗りとして、船の上で生活を始めた。危険であったが、刺激的であった。ある時、酒で酔わせられ、知らないうちに軍艦に乗せられ、目がさめた時は海の上であった。軍艦の水夫として働かざるをえなくなった。鞭(むち)で打たれ、虐待(ぎゃくたい)され、ひどい扱いをうけた。   

 この後、ジョンは、奴隷船の乗組員(のりくみいん)として働き、やがて船長となる。この間、お母さんが信じ、愛した神様からは遠く離れ、聖書を読むことはなかった。後に、ジョン・ニュートンは、「地獄(じごく)の苦しみから救われるために、クリスチャンにならなくてはならないと分かっていたが、罪は魅力的で、罪深い生活を捨てることは難しかった」と告白している。    

 年々、ジョンは罪の深みに沈んでいった。船長である彼を乗組員が軽蔑(けいべつ)するほど生活は落ちてしまった。「船長は人間以下だ」とみなされていた。ある時、酒によってジョンは海に落ちてしまった。しかし、乗組員はボートをおろして、船長を助けようとしなかった。彼らは、船長をめがけて銛(もり)を投げた。大きな魚を船に引きずり上げるときのように、おしりに刺さった銛をひき、船長を船に引きずりあげた。    

 ジョン・ニュートンは足を痛め、生涯(しょうがい)足をひきずって歩くようになった。足を引きずって歩くたびに「罪深い私を見捨てず、お救いくださった神様の恵みを感謝します」と証(あかし)するようになった。(アルフレッド・スミスの著作参考 "AL SMITH'S Treasury of Hymn History" by Alfred B. Smith)    

 私たちも神様の恵み深さに驚き、感謝しよう。私たちを愛して、ご自分の命までお捨てくださったイエス様に全てをお任せし、御国を目指して旅を続けよう。恵みの御神をほめたたえつつ。    

   

  ◎ 暗誦聖句  エペソ書一章三節
〝かれはキリストに由(よ)りて靈(れい)のもろもろの祝福(しゅくふく)をもて天(てん)の處(ところ)にて我(われ)らを祝(しゅく)し 〟

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