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習志野バプテスト教会の週報

◆ まことに主は大いなるお方(2)

   ▽「わたしを呼べ。
     そうすれば、
     わたしは、
     あなたに答え」
     る
   (エレミヤ三三・三)    


1 私は切なる思いで主を待ち望んだ。主は、私のほうに身を傾け、私の叫びをお聞きになり、
2 私を滅びの穴から、泥沼から、引き上げてくださった。そして私の足を巌の上に置き、私の歩みを確かにされた。
3 主は、私の口に、新しい歌、われらの神への賛美を授けられた。多くの者は見、そして恐れ、主に信頼しよう。
        詩篇四〇篇一~三節    

◆主は、私たちを大いに愛してくださる。    

 神様は、「それで、それから」 とおっしゃるかのように、身をのりだしてあなたの祈りをお聞きになっている。あなたの必要を満たしたいのだ。年を重ねると、同じ事を繰り返して言うことがある。私たちは、「何回もきいたよ」と言いやすい。相手の方を見て、笑顔で「どうしたの。話して」ということは難しいと誰もが感じているだろう。神様が、人間とは違い、憐れみ深く、愛に満ちているお方であり、感謝である。同じ失敗を繰り返し、「神様、助けてください」と叫びをあげても、「またか」「自業自得(じごうじとく)だ」「うるさい」と怒らずに、祈りにお答えくださる。願った答えが与えられない時は、苦しみに耐えるに十分な恵みをお与えくださる。神様の人類への愛は大きく、人は神様の愛を自分の手で得ることはできない。受け入れるのである。よって、自分の弱さの故に、神様の愛を失うことはない。神様を信頼して祈ろう。    

◆主は、憐れみ深い。    

 憐れみには多くの側面があるが、みじめな状態から救い出す、というのが基本的な意味である。「滅びの穴」「泥沼」に落ち込めば、脱出しようとする。ところが、状況はかえって悪くなる。自分の力ではどうにもならない。そうしたみじめな状況で、神様に助けを求めると、神様は救出してくださる。悪魔の奴隷として苦しむ「滅びの穴・泥沼」からも神様は救出してくださる。神様に救われる前の自分のみじめな状態を知っている人は、神様を大いに賛美することだろう。    

◆主が、私たちに「新しい歌」、すなわち、神への賛美をお与えくださった。    

 「新しい」とは、つくりたてとか、時間がたっていない、という意味ではない。質が違う、という意味である。神様に救われた者にふさわしい性質の歌という意味である。賛美は神様がお与えくださったものであり、賛美は私たちが信じる「お方の性質」を現す。それゆえに、神への賛美を聞き、賛美する者の姿を見て、多くの人は驚く。そして、これほどまでに人を造り変えられる主を畏れ、主を信じるようになる。    

◎大いなる主をよく知り、主に似る者と変えられよう。    

   

  ◎ 暗誦聖句  マタイ伝五章八節
〝幸福(さいわい)なるかな、心(こころ)の清(きよ)き者(もの)。その人(ひと)は神(かみ)を見(み)ん。 〟

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