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習志野バプテスト教会の週報

◆愛の神を見つめる(7)

   ▽「いつくしみ深き
    友なるイェスは
    罪とが憂いを取り
    去り給う」
   (讃美歌三一二番)
   


  "God is more than enough"(神様は私にとって十分以上のお方)ジム・バーグ博士著からの翻訳    

 神様は私を救い出してくださった。神様にはそうする責任はなかった。しかし、神様は私を助けてくださった。「主はすべてのものにいつくしみ深く、そのあわれみは、造られたすべてのものの上にあります」(詩篇一四五・九)、そして「主は正義と公正を愛される。地は主の恵みに満ちている」(詩篇三三・五)は私の叫びでもあった。    

 ダビデは「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで」(詩篇一〇七・一)と述べているが、私の心そのものであった。一〇七篇二節以降は、神様が繰り返しイスラエルの民を救出された時のことを説明している。いずれの説明も「彼らは、主の恵みと、人の子らへの奇しいわざを主に感謝せよ」という言葉をもって終わっている(詩篇一〇七・八、一五、二一、三一)。ダビデは一〇七篇を「知恵のある者はだれか。その者はこれらのことに心を留め、主の恵みを悟れ」という言葉で閉じている(四三節)。    

 ボブ・ジョウンズ大学の管理棟にある私の執務室の戸には「学生部長」という表札がついている。戸の前に立つ時に、私はよく心の内で神様に叫ぶ。「神様、あなたは学生部長という重責にいかに私がふさわしくないかご存知でしょう」と。神様は即座に、「あなたがここにいるのはあなたが立派であったからではない。私が善である故にあなたはここにいるのだ」と思い出させてくださる。神様は何とすばらしいお方であろう。    

 私は詩篇一〇三篇を読むたびに涙をこらえることが出来い。ダビデの言葉(一〇~一二節)を見てみよう。「私たちの罪にしたがって私たちを扱うことをせず、私たちの咎(とが)にしたがって私たちに報(むく)いることもない。天が地上はるかに高いように、御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。東が西から遠く離れているように、私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される」。    

 神様のお怒りのほか何をも受けるにふさわしくない罪人である私たちへの神様の大きな慈愛(じあい)についての言葉である。神様を正しく知るようになると、自分でこれまで考えていた以上に自分が罪深いことに気づく。そして、自分が想像していたよりもはるかに神様の恵みと愛が大きいことに気づく。(続く)    

   

  ◎ 暗誦聖句 ピリピ四章六節
〝何事(なにごと)をも思(おも)ひ煩(わずら)ふな、ただ事(こと)ごとに祈(いのり)をなし、願(ねがい)をなし、感謝(かんしゃ)して汝(なんじ)らの求(もとめ)を神(かみ)に告(つ)げよ。〟

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