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習志野バプテスト教会の週報

◆愛の神を見つめる

▽「人知をはるかに
 越えた
  キリストの愛を
  知ることがで
  きますように。」
  (エペソ三・一九)

   


  "God is more than enough"(神様は私にとって十分以上のお方)ジム・バーグ博士著から    

「では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。 私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。 …しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。 」
     ローマ八章三一、三二、三七節    

 子どもや孫をもつ人の多くは、愛する彼らの写真を財布や携帯電話のデータに入れて持ち歩いている。誰かに家族について聞かれると、写真を見せて話をしたいのだ。同様に、しかし異なった理由で、私たちは心の中の「財布」に神様の写真を入れて持ち歩いている。それは私たちにとって最も大切なものである。A.W.トウザーは、"The Knowledge of the Holy(邦訳は『神の再発見』)"というすばらしい本の中で次のように言っている。    

 神様について考え、心に浮かぶことは、私たちにとって最も大切なことである。……もし私たちが「神様について考えると、どんなことが心に浮かぶか」という質問の答えを正確に引き出せるなら、その人の霊的未来を正しく予測することは難しくない。……神様について正しい信念を持っている人は、この地上で起こりうる多くの問題から解放される。なぜなら、その人は人生の諸問題に心を奪われることがなく、本当の問題は、神様に信頼するか否かであると気付いているからである。    

 人間の心が傾きやすい罪の中で、偶像崇拝ほど神様に忌(い)み嫌(きら)われるものはないだろう。というのは、偶像崇拝の罪の根は、神様のご人格に対する誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)であるからだ。偶像崇拝者の心は、神は神ご自身以外のものだと決めつけている。これ自体が大きな罪である。さらに偶像崇拝者は、真の神様に加えて、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物を神として拝んでいる。……偶像崇拝とは目に見える対象の前にひざまずいて礼拝をささげるだけのことで、文明人には関わりのないことといった誤った考えを、プライドの故に受け入れることがないように注意しよう。    

 偶像崇拝の本質は、神様についてふさわしくないことを考え、楽しむことである。    (続く)    

   

  ◎ 暗誦聖句 (文語訳) ロマ書一〇章一三節 
〝すべて主(しゅ)の御名(みな)を呼(よ)び求(もと)むる者(もの)は救(すく)はるべし〟

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