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習志野バプテスト教会の週報

◆聖書を読み、学ぶことを習慣に

▽「純粋な、
  みことばの乳を
  慕い求めなさい。」
      (ペテロの手紙第一
        二章二節)
  


  【ジム・バーグ博士の著書 "God is more than enough"(神様は十分以上のお方)の一二章の一部を翻訳したもの】    

 み言葉を読むことは準備運動でありストレッチである。それほど努力しなくても多くの大人は聖書を一年に一度通読できる。通読は聖書の深い学びではないし、み言葉の黙想でもない。通読は正に最初の一歩だ。み言葉を読むことは準備運動で、集中力と理解力の筋肉をストレッチする。み言葉を学び、熟考(じゅっこう)すること、すなわち黙想することが本当の運動にあたる。    

 身体の運動と同じく、最初は少しだけ聖書を読み、少しだけ学ぶかもしれない。ラケットボールを始めたばかりの私は、ボールを追ってコートを走ったが上手くいかず、とても格好(かっこう)が悪かった。同じように、聖書を読み、その意味を考えても、意味不明で、最初は上手くいかないかもしれない。毎日聖書を読み、その意味を考える習慣(しゅうかん)がない人には、以下の簡単なヒントが聖書通読を始める助けになるだろう。    

 聖書を読む時間を決める。一日の最初に霊的なことを考えるのが良いと考える人が多い(詩篇五・三)。    

 一人になる。可能なら、人やパソコン、携帯等に気が散らされないよう、一人になろう(マタイ六・六)。    

 ペンと紙を用意する。箴言一〇・一四は「知恵のある者は知識をたくわえ」と教える。神様がみ言葉から差し示してくださる時に、それを書きとめよう。    

 神様とあなたとの静かな時間に次の要素を含めよう。    

●聖書を読む。読む前に、必要なことをお示しください、と神様に祈り求めよう(詩篇一一九・一八)。毎日、適当に読まないように通読表に従おう。通読表に加えて箴言を一章(その日付の章)を読めるならば、大きな助けとなるだろう。神様が、あなたに必要なことをお示しくださるまで聖書を読もう。聖句とその聖句から教えられたことを書きとめよう。み言葉によって罪が示されるなら、その罪から離れたいというあなたの決意を紙に書き、神様に罪を告白し、罪の力、誘惑(ゆうわく)に勝てるように祈り求めよう。神様はみ言葉を用いて私たちを清めてくださる(ヨハネ一五・三)。み言葉の通読で神様がお示しくださった真理の故に、神様に感謝をささげ、そのすばらしい御言葉とあなたが学んだ真理を、他の人に分け与えよう(Ⅰヨハネ一・三)。    

●祈る。P.R.A.Y.(祈れ)という言葉の頭文字が意味することを考えながら、祈りの日記をつけよう。    

 Praise=神様を誉(ほ)めたたえたい出来事。Repent=神様に悔い改めるべき罪。Ask=神様に祈り求めるべきこと。Yield=神様に委(ゆだ)ねなければならないこと。    

   

  ◎ 暗誦聖句 (文語訳) ヤコブ書一章二五節 〝自由(じゆう)の律法(おきて)を懇(ねんご)ろに見(み)て離(はな)れぬ者(もの)は、業(わざ)を行(おこな)ふ者(もの)にして、聞(き)きて忘(わす)るる者(もの)にあらず、〟

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